本研究の目的は、哺乳動物の精子形成過程における内在性レトロウイルス (ERVs) のエンハンサー活性を制御する分子機構を明らかにすることである。近年までのマウス精子形成過程における網羅的な転写産物解析から、減数分裂期以降の後期精子形成細胞 (精母細胞・円形精子) では、体細胞や精原細胞とは全く異なる特殊な遺伝子発現パターンを持つことが明らかにされており、この大規模な転写産物の変遷をもたらす制御機構として、進化的に若いERVsが近傍の精子形成遺伝子群の発現を惹起するエンハンサー様の活性を示すことが同定された。しかしながら、特定のERVsがどのように後期精子形成過程特異的にエンハンサー機能を獲得するか、その詳細なエピゲノム制御機構は未だ明らかにされていない。本研究では、精原細胞期におけるERVエンハンサーの抑制に関与する分子として、ERVの感染と共に宿主ゲノムの防御機構を担うために進化したKRAB-Zincフィンガータンパク質 (KZFPs) に着目した。まず初めに、RNA-seq法により精子形成細胞ならびに体細胞組織においてマウスゲノムがコードする全KZFPsの発現を検証した結果、85種類のKZFPsが精原細胞特異的な発現を示すことが明らかになった。さらに、既報のKZFPs ChIP-seqデータを用いて各KZFPの結合領域を同定したところ、85種類中3つのKZFPs結合サイトが減数分裂期におけるERVエンハンサー領域と有意にオーバーラップしていた。以上の解析結果から、これらのKZFPsが精原細胞期においてERVsエンハンサーの活性を抑えていることが強く示唆される。また、本研究期間全体を通して、KZFPsが精原細胞においてERVsエンハンサーの抑制を担い、減数分裂開始後はA-MYBによってERVsのエンハンサー機能が獲得されるといった一連の制御機構の一端が明らかになった。
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