研究課題/領域番号 |
21K15150
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高橋 和也 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 特任研究員 (00821109)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 細胞内共生 / 葉緑体置換 / 系統 / 分類 / 渦鞭毛藻 / ハプト藻 |
研究実績の概要 |
真核光合成生物の系統進化研究では,系統的に類縁のない宿主生物が単一系統の葉緑体を共有するという明らかな矛盾がみられることがある。渦鞭毛藻には細胞内共生によりハプト藻から葉緑体を恒久的に獲得したものがあるが,これらの宿主と葉緑体の系統関係にも同様の矛盾がみられることがわかってきた。本研究は,ハプト藻型葉緑体をもつ渦鞭毛藻の系統関係を解明することで,葉緑体とその関連形質が系統樹上のどの時点で,どの系統から,何回獲得されたかを明らかにし,真核光合成生物一般の進化過程を考察するためのモデル構築を目指す。初年度は,本研究で重要な位置づけとなる渦鞭毛藻未記載種Gymnodinium sp.の系統的位置を精査した。本種の培養株を用いた形態観察(光顕,走査電顕,透過電顕)と,HPLCを用いた光合成色素解析,宿主核(rDNA)および葉緑体コード遺伝子(rDNA,psaA,psbC,psbA)の分子系統解析から,以下の成果を得た。1)光顕と走査電顕では細胞上端に馬蹄形の上錐溝が,透過電顕では核膜の小室および鞭毛装置と核を連結する繊維が観察された。これらは渦鞭毛藻の中でも狭義のGymnodinium属系統群にみられる特徴である。2)色素解析から,本種はハプト藻型葉緑体に特徴的なフコキサンチン類縁体をもつことが分かった。また, 本種とは宿主系統が全く異なるハプト藻型葉緑体保有のカレニア科系統群と色素組成を比較すると,現存ハプト藻にはみられない共通の色素がいくつか見出された。3)分子系統解析をみると,宿主系統で本種は狭義のGymnodinium属系統群に所属することが示され,葉緑体はこの系統群内部で獲得されたことがわかった。葉緑体系統では,本種はカレニア科所属のKarenia属とKarlodinium属とともに高い支持で単系統群を形成し,これら葉緑体は単一系統のハプト藻に由来することが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
渦鞭毛藻の中で恒久的に維持されるハプト藻型葉緑体は,これまで無殼渦鞭毛藻カレニア科系統群でのみ知られてきたが,本研究ではGymnodinium sp.もこの特異な葉緑体をもつことを明らかにした。同種の宿主系統関係は宿主核コードrDNAの解析だけでなく,系統群を特徴づける形態形質からも支持された。葉緑体コード分子系統では,Gymnodinium sp.がカレニア科に近縁な葉緑体をもつことを示したが,系統群特異的な光合成色素の存在からもこの関係は確かめられた。代表者らが過去に行った研究では,カレニア科に所属するGertia stigmaticaがハプト藻型葉緑体ではなく,渦鞭毛藻に典型的なペリディニン型葉緑体をもつことを示したが,同種の宿主系統はカレニア科の内部,特にKarenia属とKarlodinium属の間で分岐する。本研究で行われた葉緑体系統解析では, Gymnodinium sp.はKareniaとKarlodiniumの間で分岐した。これはKareniaとKarlodiniumが別個にハプト藻型葉緑体を獲得したことをさらに裏づけており,これまで不詳であったハプト藻型葉緑体の獲得回数について,より強い確信をもった結論に近づいている。これらの結果をまとめるとともに, Gymnodinium sp.を新分類群として記載するための論文執筆が現在進行中となっている。Gymnodinium sp.の培養株を用いた葉緑体ゲノムの全決定とトランスクリプトーム解析を計画しており,外部の研究機関に協力を依頼している。初年度は計画以上の成果は特に得られなかったが,初期にGymnodinium sp.の形態的特徴の把握と分類学的評価を重点的に進め,今後の研究の基盤構築を図る当初の計画は,概ね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
KareniaとKarlodinium,Gymnodinium sp.の見かけの系統関係をみると,宿主系統は3つの渦鞭毛藻がそれぞれ別個に葉緑体を獲得したことを示すが,葉緑体系統は3つの渦鞭毛藻が互いの共通祖先で葉緑体を1度のみ獲得したことを示す。このように互いに矛盾する2つの系統関係をより正確に再現するためには,解析に用いる形質を継続的に追加する必要がある。カレニア科渦鞭毛藻では,宿主核コード28S rDNAとITS領域の遺伝子情報が主に蓄積されており,これらから構築される系統樹は比較的高い分解能を示す。一方,葉緑体遺伝子については配列情報がない種も多く,限られた分子マーカーから構築された系統樹の分解能も十分とは言えない。そのため次年度は,カレニア科渦鞭毛藻のうち少なくとも20種以上を用いた葉緑体複数遺伝子の分子系統解析を行う。既に得られている培養株の抽出DNA試料を用い,葉緑体にコードされる5遺伝子種の特異的プライマーを設計してPCR反応を行い,サンガー解析を試みる。Gymnodinium sp.を加えた渦鞭毛藻宿主とハプト藻型葉緑体の系統関係を比較することで,渦鞭毛藻の中でハプト藻型葉緑体が何度獲得されたかを明らかにする。 Gymnodinium sp.を新分類記載する論文執筆を進め,公表できるように準備を進める。また,ハプト藻型葉緑体をもつ第4第5の種(Kapelodinium sp.,unidentified sp.)の培養株も得られているため,これらの形態的遺伝的解析にも着手し,比較資料とする。 コロナ禍でこれまで困難であった国内沿岸の試料採集活動については,状況を見極めつつ可能であれば再開する。本研究に必要なカレニア科構成種などの類縁種を探索し,培養株を作成することでより正確な系統関係の再現を図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍での移動制限が続き,当初の計画にあった試料採集や対面での学会参加に関わる旅費が計上されなかったのが要因のひとつとなっている。2022年度は段階的に制限緩和されていくと予想されるため,これまで行うことができなかった分まで試料採集活動を行うとともに,国内外の学会大会にも積極的に参加していく。初年度は経費が比較的小額で済む形態観察実験を重点的に行い,設備の故障等のトラブルもなく概ね順調に進んだ。ここで浮いた額は,次年度の分子系統解析や論文の英文校閲費などに使用予定となっている。
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