胎生期において、神経幹細胞は盛んに増殖し多くの分化細胞を供給することで脳を構築する。一方で、成体の脳にも神経幹細胞が存在し、新たに分化細胞を産むことで脳の恒常性維持や学習・記憶に貢献する。これまでに我々は、大脳脳室下帯の成体神経幹細胞は、盛んに増殖する神経幹細胞ではなく、胎生早期から分裂を抑制した神経幹細胞に由来することを見出し、分裂の抑制が成体神経幹細胞の形成に必要であることを報告した。本研究では、分裂の抑制が成体神経幹細胞の系譜の形成に貢献する分子メカニズムの解明を目指した。 細胞周期抑制因子の強制発現により分裂を抑制した神経幹細胞を用い、網羅的遺伝子発現解析を行った結果、分裂抑制により幹細胞維持に重要なNotchシグナルの活性化が見られた。さらに、Notchシグナルの下流で特にHey family遺伝子の発現が増加することを見つけた。Hey1ノックアウトマウスを解析したところ、胎生期の分裂を抑制した神経幹細胞や、生後脳に残る神経幹細胞の数が減少していた。すなわちNotch-Hey1シグナルが成体神経幹細胞になる細胞系譜の形成・維持に必要であることが示唆された。これまで、盛んに増殖する神経幹細胞では、Notch-Hes1/5シグナルが細胞運命制御に貢献することが知られていた。一方我々は、分裂を抑制し成体神経幹細胞になる細胞集団において、Notch-Hey1シグナルが貢献することを見つけた。そこでHes1/5とHey1の違いを検討したところ、Hes1/5が90分周期の振動発現をする一方で、Hey1は安定的な発現パターンを示すことを見つけた。このHey1の安定発現によって、ニューロン分化促進因子であるAscl1を強固に抑制し、長期間の未分化性維持に貢献する可能性を示した。
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