本研究では、記憶符号化に関わるシナプス前部(プレシナプス)の分子メカニズムを解明するために、学習によって海馬のシナプスで生じるプレシナプス分子の変化を定量するための技術を構築した。まず、海馬を含む脳組織切片における蛍光免疫組織化学染色法を発展させることで、シナプス前部の可塑性に関与することが推定されている分子群(Munc13-1、RIM1およびカルシウムチャネルなど)の超解像顕微鏡(STED・STORM)計測法を確立した。また、水迷路課題や新規環境の学習課題を課して学習を成立させた際に活性化した神経細胞・シナプスを選択的に標識するための技術を構築した。これらの技術を組み合わせることによって、学習により選択的に活性化した神経細胞間のシナプスにおける分子の局在をナノメートルスケールで定量することが可能となった。解析の対象として、電気生理学的にシナプス前部由来のLTPが報告されている苔状繊維シナプス(海馬歯状回からCA3野に入力)および貫通繊維シナプス(嗅内皮質から海馬歯状回に入力)の二種類のシナプスに加えて、理論モデルから学習時にシナプス伝達効率の再編が予測されているCA3-CA3シナプスを含めた計三種類の興奮性シナプスに焦点を当て解析を行った。立ち上げた実験システムの妥当性を検証するために、また、シナプス可塑性に伴うシナプス前部可塑性関連分子の量的変動を実証するために、長期のシナプス可塑性(long tern potentiation: LTP)を光遺伝学技術によって誘導した海馬の急性スライス標本を用いて実験を行うことで、Munc13-1、RIM1などのシナプス前部可塑性関連分子の量が選択的に上昇することを明らかにした。さらに、新規環境の学習課題を課した動物の脳標本では、特に苔状繊維シナプスにおいてシナプス前部の可塑性関連分子の量的変動が生じること明らかにした。
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