研究課題/領域番号 |
21K15192
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
水藤 拓人 生理学研究所, 生体機能調節研究領域, NIPSリサーチフェロー (80847723)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 温度受容 / TRPA1 / ショウジョウバエ / 温度選好性 |
研究実績の概要 |
本研究では、感覚神経において物理刺激受容を制御する新規の脂質代謝遺伝子を明らかにすることを目的とし、本年度はその候補遺伝子の同定を試みた。 ショウジョウバエ幼虫の表皮感覚神経のRNAseqを実施し、脂肪酸生合成、ジアシルグリセロール代謝、リン脂質合成、脂質輸送、脂質シグナリングなどに関連する発現の高い遺伝子の存在を見出した。これらの遺伝子のうちエーテルリン脂質合成酵素遺伝子に着目した。エーテルリン脂質は中枢神経系での機能やがん細胞におけるフェロトーシスの制御についての機能が近年大きく着目される脂質分子であるが、感覚神経での機能については報告がない。 そこで個体の温度受容に対するエーテルリン脂質の影響を確かめるため、温度受容神経におけるエーテルリン脂質合成酵素遺伝子の発現抑制ショウジョウバエ個体の温度勾配上での温度選好性を解析した。その結果、高温受容体TRPA1発現神経における発現抑制個体の選好温度が上昇することを見出した。この表現系はTRPA1の機能欠損個体の表現系と類似していることから、エーテルリン脂質が温度受容体TRPA1の機能を制御する脂質ではないかと考えられた。 さらに、エーテルリン脂質の分子生物学的な機能を解析するため、CRISPR-Cas9法によるエーテル脂質合成酵素遺伝子をノックアウトしたHEK293細胞株を樹立した。樹立した細胞株にショウジョウバエTRPA1チャネルを発現させ機能を評価した結果、コントロール細胞と比較してエーテルリン脂質量が減少したノックアウト細胞において、活性化物質であるAITCに対する反応が変化する可能性を見出した。 以上、本研究ではこれまでに感覚受容に対する機能報告がないエーテルリン脂質が温度受容体TRPA1を制御する脂質分子として機能する可能性を見出した。今後、さらなる解析からエーテルリン脂質が物理感覚受容を制御する因子であることを立証する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究ではこれまでに、表皮感覚神経におけるRNAseqの結果から感覚神経において高発現する55の遺伝子について着目し、これらの遺伝子の発現抑制個体の温度受容に対する表現系スクリーニングを継続して実施している。同時に感覚神経で高発現している遺伝子の中でエーテルリン脂質合成酵素遺伝子について着目し実験を進め、温度感受性TRPA1発現細胞におけるエーテルリン脂質合成酵素遺伝子の発現抑制個体において温度選好性が変化することを見出した。 また、培養細胞系を用いてエーテルリン脂質の感覚受容体に対する機能を調べるため、HEK293細胞においてCRISPR-Cas9法によるエーテル脂質合成酵素遺伝子のノックアウトを行い、エーテルリン脂質の有無をコントロールした細胞株を作出した。これらの細胞株に対しショウジョウバエTRPA1を発現させ、活性化物質であるAITCに対する反応および活性化温度閾値の比較解析から、エーテルリン脂質の有無によってTRPA1のAITCに対する反応が変化する可能性を見出したが、温度閾値の変化に有意な差はなかった。HEK293細胞は哺乳類細胞であるため、よりショウジョウバエでの生理状態を反映したショウジョウバエ培養細胞でのTRPA1チャネルの活性解析を計画した。ショウジョウバエ培養細胞ではエーテルリン脂質合成酵素が発現していないため、エーテル脂質合成酵素遺伝子の過剰発現と基質の添加によってエーテルリン脂質を合成するショウジョウバエ培養細胞の確立を試みたが、エーテルリン脂質量を顕著に増加させる条件を見出すことができなかった。そのため、別のアプローチからの実験系の確立を現在試みている。 以上、今年度は当初計画していた表現系スクリーニングを完了してはいないが、感覚受容を制御する脂質代謝遺伝子の候補を同定し、分子生物学的な解析を開始しているため、進捗状況をおおむね順調とした。
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今後の研究の推進方策 |
来年度はショウジョウバエ個体の解析実験および培養細胞を用いた分子生物学的解析からエーテルリン脂質による感覚受容体制御機構を解明する。 個体の解析実験として、エーテルリン脂質合成酵素遺伝子のノックアウト個体および感覚神経特異的な発現抑制個体における温度忌避行動や温度勾配内での行動量を観察し、温度選好性以外の温度応答行動の変化について解析を行う。また、エーテルリン脂質の物理刺激受容全般における機能を明らかにするため、機械刺激に対する応答も観察する。さらに、エーテルリン脂質の個体の感覚神経細胞での機能を明らかにするために、エーテルリン脂質合成酵素の発現抑制個体における温度受容神経の形態およびex vivoカルシウムイメージングを用いて温度活性の変化を解析する。 分子生物学的解析では、ショウジョウバエ培養細胞を用いてエーテルリン脂質の感覚受容体に対する機能解析を実施する。まず、エーテル脂質の前駆体であるアルキルグリセロールを培養培地に添加することにより、ショウジョウバエ培養細胞内のエーテルリン脂質量を増加させる実験系を確立する。上記のエーテルリン脂質量を制御した細胞実験系にショウジョウバエTRPA1チャネルを発現させ、電気生理学的解析を通して、細胞膜におけるエーテルリン脂質の有無による化学物質応答の電流電圧特性および濃度依存性、温度刺激応答の電流電圧特性および活性化温度閾値等の変化を観察する。 これらの解析からエーテルリン脂質が感覚受容体の制御因子であることを立証していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の影響により、計画していた学会等に参加するための旅費の拠出が不要となった。次年度以降の学会参加の際の旅費の使用を計画する。 また、今年度は受容体活性測定のためのイメージング試薬の購入は行わなかった。次年度以降に当該実験の実施を計画する。
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