メラニン凝集ホルモン(MCH)の脳室内投与はエネルギー消費節約に働く。MCH受容体アンタゴニストは抗肥満薬としての可能性が複数の製薬会社から検証され、臨床試験においても効果が確認されている。しかし、抗肥満を誘導する神経メカニズムは不明で、また、悪夢や頻脈といった副作用から現在まで実用化には至っていない。そこで、MCH神経がどのようなメカニズムでエネルギー恒常性制御に機能しているのか、MCH神経を後天的に脱落したマウスを用い検証を行った。 ドキシサイクリンの有無によってMCH神経特異的にジフテリア毒素発現を誘導できるトランスジェニックマウスを作成し、16週齢からMCH神経の脱落を誘導した。当該マウスは対照群に比べ体重が低く、酸素消費量と二酸化炭素産出量が上昇していた一方で摂食量と飲水量に変化はなく、エネルギー消費の増加が痩せの要因であった。酸素消費量と自発行動量の同時測定から算出した行動量非依存的な酸素消費量もMCH神経脱落によって上昇していた。そこで、熱産生とエネルギー消費に機能する褐色脂肪組織の活性化状態の指標となるUCP1およびCOX4タンパク発現量を検証したところ、MCH神経脱落マウスではこれらの発現が上昇し褐色脂肪組織が活発化していた。褐色脂肪組織の組織切片においても細胞に含まれる脂肪滴が小さくなり、交感神経活動の指標となるTH発現量が増加していた。MCH神経の投射は延髄縫線核に認められ、MCH神経脱落マウスの延髄縫線核は活性化状態にあったことから、生理的なMCH神経活動は延髄縫線核に抑制性のシグナルを送っているものと考えられる。 本研究成果は2022年2月のThe Journal of Physiology誌に掲載され(J Physiol. 2022 Feb;600(4):815-827.)、日本自律神経学会および日本神経内分泌学会で当該研究内容を発表した。
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