酸素は好気性生物の生存に必須である。諸器官の中でも、特に酸素消費量が高い脳においては細胞の置かれる酸素環境が重要となる。また、虚血などの病的な低酸素状態以外の生理的な酸素濃度変動の生物学的意義は、脳高次機能の文脈において特に未解明である。本研究では、体性感覚などの脳高次機能に伴う脳内酸素濃度変動及びその制御機構の生理的意義を追究した。脳の様々な領域から単離したアストロサイトの細胞内の酸素濃度分布を評価したところ、由来する脳部位によって細胞内酸素濃度分布が異なったことから、脳の領域ごとにアストロサイトの周囲環境の生理的な酸素濃度が異なることが示唆された。 低酸素研究で問題となるのが酸素濃度の時空間的な制御である。狙った場所に、望んだタイミングで低酸素環境を作り出す光感受性の酸素スカベンジャーの開発に成功し、低酸素感受性TRPA1チャネルの活性を時空間的に制御することに成功した。 脳内酸素濃度制御機構の脳高次機能に与える影響の検討のため、低酸素感受性チャネルTRPA1の脳内における詳細な分布を評価した。TRPチャネルを含むチャネルタンパク質は疎水性領域が比較的多い膜タンパク質であり、免疫組織染色が一般的に難しいことが知られているため、まずは脳部位によってそれぞれ染色条件の最適化を行うことで実験系を確立し、並行して遺伝子改変マウスによる評価も遂行した。その結果、低酸素感受性チャネルTRPA1が一次体性感覚野において発現、さらには特定の錐体細胞層に存在することを見出した。生理的意義の解明のため、脳内の低酸素感受性チャネルTRPA1を欠損したマウスの行動生理学的解析を行い、特定の刺激に対する不安様行動の変化を明らかにした。これらのことから体性感覚認知における脳内酸素濃度変動及びその制御機構の生理的意義の一端を明らかにした。
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