社会環境から受けるストレスは抑うつや不安亢進など認知情動変容を引き起こし、うつ病など精神疾患のリスク因子となる。研究代表者らはマウス社会挫折ストレスを用い、反復ストレスは情動変容に伴う内側前頭前皮質の神経細胞樹状突起の萎縮を誘導すること、この変化には内側前頭前皮質特異的なミクログリアの活性化が関わることを示した。これらの知見からストレスによる情動変容はミクログリアの活性化に端を発した脳内組織恒常性の破綻によると推測されるが、その実態は不明である。本研究では、ストレスにおける脳内組織恒常性の維持とその破綻の分子基盤を解明し、うつ病などストレス性疾患の病態機序解明や新たな創薬標的創出に資する知見を得る。 本年度は、多様な脳領域のミクログリアの一細胞RNA-seqを実施するためのMultiplexing技術を確立し、安静時脳の前頭前皮質と側坐核を含む複数脳領域からミクログリアの一細胞RNA-seqを行った。その結果、前頭前皮質と一次感覚運動野を含む大脳皮質と視床下部ではミクログリアの遺伝子発現パターンが大きく異なり、側坐核と海馬はその中間に位置することを見出した。単回・反復社会挫折ストレスに供したマウスでも同様に一細胞RNA-seq解析を実施した。さらに、詳細な遺伝子発現変化のパターンを分類し、そのメカニズムに迫るため、前頭前皮質と側坐核から単離したミクログリアのバルクRNA-seq解析・H3K27ac-ChIP-seq解析・ATAC-seq解析から得られたデータを統合して解析した。その結果、ストレスによるミクログリアの遺伝子発現応答にはストレスの期間、ストレス感受性、脳領域選択性が統合されており、それぞれ異なった情報伝達経路を介することを示唆する結果を得た。さらに各経路が反復社会挫折ストレスによる行動変容において異なる役割を担うことも明らかにした。
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