本研究では、直腸前方領域の平滑筋線維の多様な集合様式に着眼し、平滑筋構造を肉眼解剖および免疫組織学的に解析した。 現在得られているデータから、以下のことが明らかになった。 1.直腸前方において、平滑筋が直腸壁を構成するだけにとどまらず前方領域へと延び出している。2.直腸の縦走筋、輪走筋の平滑筋線維がそれぞれ異なる高さで前方に延び出している。3.直腸前方の平滑筋組織は、下部の方が細胞密度が高く、上部の方が細胞密度が低い(細胞密度を定量的に解析し、密度が有意に異なることを明らかにした)。4.細胞密度が低い上部は、前方の尿道に近接している。5.直腸前方の平滑筋組織は、正中部が最も細胞密度が高く、傍正中部(直腸前外側部)は比較的細胞密度が低い。 このように管腔臓器の壁を構成する平滑筋が周囲へと延び出す構造は、骨盤内臓器にのみ見られる特殊な構造である。このような骨盤底領域に特徴的な平滑筋組織について、構造の基本パターンや詳細な組織学的性状がいまだ解明されておらず、課題として残されていた。本研究で明らかにした直腸前方の平滑筋の構造は、骨盤底領域における平滑筋組織の機能的意義の解明につながる。さらに、直腸前方領域の平滑筋線維の細胞密度に関する知見は、下部直腸癌手術における合理的な剥離層の決定に有用となる。本研究結果を経肛門的直腸間膜切除術(TaTME)における以下の2点の術中操作に応用できると考える。1.鏡視下の直腸前壁の切離において、細胞密度が低い上部の領域では尿道損傷に注意する必要がある。2.傍正中部から剥離操作を行うと適切な剥離層を作りやすい。このように、直腸肛門管領域の解剖学的基盤を確立することで、内視鏡下手術やロボット手術を高精度で施行することが可能になると考えられる。
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