研究課題/領域番号 |
21K15343
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
大屋 愛実 名古屋大学, 医学系研究科, 助教 (90777997)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | メラノコルチン / 摂食制御 / 代謝調節 / 肥満 |
研究実績の概要 |
恒温動物は代謝型熱産生を調節することで温熱恒常性を維持している。代謝型熱産生の量は、生後、成長に伴い変化する。例えば、幼若個体は体容積に対する体表面積の比率が高いため、体熱を失いやすいが、成長するにつれて体容積が大きくなり、その比率が低下すると、熱損失は小さくなる。従って、体温の恒常性を保つために必要な体重あたりの熱産生量は成体に比べて幼若個体の方が大きい。また、幼若個体であっても母体から体熱を分与してもらえる離乳前の個体と、もらえない離乳後の個体とでは、後者の方が活発な熱産生が必要である。しかし、そのような発達に応じた代謝量の調節のメカニズムは未だ不明である。 エネルギー代謝機構の一つとして、褐色脂肪組織における非ふるえ熱産生が挙げられる。これまでの研究で、褐色脂肪における熱産生を制御する視床下部背内側部に4型メラノコルチン受容体(MC4R)mRNAが発現することが分かっている。MC4Rは視床下部において摂食および代謝を制御し、欠損マウスは著しい肥満を呈し、野生型と比較して食欲の亢進を示すとともに代謝量が低いことが知られている。 そこで研究代表者らは、代謝を制御する視床下部背内側部に発現するMC4Rが発達や加齢によってどのように変化するかを調べることにした。研究代表者らが独自に作製した抗MC4R特異的抗体を用いて免疫組織染色を行うと、MC4Rが視床下部背内側部の神経細胞の特定の細胞内構造に強く局在することを見出した。さらに、MC4R陽性の細胞内構造が発達や加齢と共に変容していた。MC4R遺伝子プロモーター下でCreを発現する遺伝子改変動物を用いて、視床下部背内側部のMC4R発現神経細胞選択的に、MC4Rが局在する細胞内構造を減少させたところ、コントロール群と比較して代謝量が減少していた。また、体重と体脂肪率は増加し、肥満傾向となることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、発達に応じた代謝量の調節メカニズムを、摂食・代謝を制御する4型メラノコルチン受容体(MC4R)の細胞内局在の変容を切り口に生理学・組織学・遺伝学的手法によって明らかにすることを目的としている。 これまで、MC4Rに対する特異的抗体が存在しなかったが、研究代表者の所属研究室では、免疫組織染色に使用できる抗MC4R抗体の作製に成功した。MC4Rの免疫染色の結果、MC4Rが視床下部の神経細胞の特定の細胞内構造に局在することを世界で初めて見出した。1週齢から6ヶ月齢までのラットの脳を解析したところ、MC4R局在細胞内構造は3週齢まで増加し、それ以降は減少することを見出した。3週齢はラットが離乳する時期に相当し、母体からの熱分与がなくなり自身で熱産生することが必要となるため、MC4Rの発現量が多いと考えられる。 さらに、MC4R遺伝子プロモーター下でCreを発現する遺伝子改変動物を用いて、視床下部背内側部のMC4R発現神経細胞選択的に、MC4Rが局在する細胞内構造を減少させた。すると、コントロール群と比較して代謝量が減少していた。また、体重と体脂肪率は増加し、肥満傾向となることがわかった。MC4Rは視床下部背内側部だけでなく視床下部室傍核にも発現している。そこで視床下部背内側部と室傍核のMC4R発現神経細胞において同時にMC4Rが局在する細胞内構造を減少させた。すると、コントロール群と比較して代謝量が減少しただけでなく、摂餌量が増加し、体重と体脂肪率は増加した。その一方でMC4Rが局在する細胞内構造の加齢変容を人為的に抑制すると高脂肪食摂取による体重の増加を抑制することができた。 今後は摂取する食餌の質や量、運動量がMC4R局在細胞内構造の変容にどのように影響するかを調べる。また、発達・加齢に応じたMC4R局在細胞内構造の変容に関わる遺伝子を探索するため、次世代シーケンシングを用いて網羅的な遺伝子発現解析を行う。
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者が行ったこれまでの実験結果から発達や加齢に伴い視床下部背内側部の神経細胞のMC4R局在細胞内構造が変容し、そこに発現するMC4Rのメラノコルチンへの感度が変化することで発達に応じた代謝量を調節しているという仮説を立てた。今後はこの仮説の検証を通じて、発達や加齢に応じた代謝量調節メカニズムの解明を目指す。 具体的には、加齢によるMC4R局在細胞内構造の変容メカニズムの手掛かりを得るため、摂取する食餌の質や量、運動量がMC4R局在細胞内構造の変容にどのように影響するかを調べる。摂餌制限機能付き摂餌量測定ケージを用いて、1) 通常餌・自由摂餌群、2) 高脂肪餌・自由摂餌群、3) 通常餌・摂餌制限群(自由摂餌群の60%程度に制限)、4) 通常餌・自由摂餌・自発運動(回転輪)群などに分けてラットを長期飼育し、視床下部背内側部のMC4R局在細胞内構造の週齢依存的な変容の違いを調べる。 さらに、発達・加齢に応じたMC4R局在細胞内構造の変容に関わる遺伝子を探索するため、MC4R-Creラットを用いて視床下部背内側部のMC4R発現神経細胞をGFP標識し、この細胞を集めてRNA抽出してRNAシーケンシングにより網羅的な遺伝子発現解析を行う。様々な発達・加齢段階のサンプルを集め、MC4R局在細胞内構造と遺伝子発現プロファイルとを併せて多群間比較することで、MC4R局在細胞内構造の変容に関連する可能性の高い遺伝子を絞り込む。そして、候補遺伝子のノックダウンを行って代謝機能を解析することにより、MC4R局在細胞内構造の変容の分子メカニズムを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度の予定では、独自に作製した4型メラノコルチン受容体(MC4R)に対する抗体を用いて、様々な栄養条件下で飼育したラット脳内におけるMC4Rの発達や加齢による局在変化を組織学的に詳細に解析する予定であった。しかし、ウイルスによってMC4R局在細胞内構造を人為的に操作した際の摂食・代謝に及ぼす影響の解析に予想以上に時間を要したため、未使用額が生じた。 次年度は、これまでに行った実験で得られた知見をもとに、様々な栄養条件下でのMC4Rの細胞内局在に対する加齢の影響を組織学的・遺伝学的手法を用いて解明する。そして、その実験から得られた新たな知見を学会で発表するため、未使用額は旅費へ振り替える。また、残額は、現在進行中の実験に必要なウイルスベクター作製、遺伝子解析、実験動物飼育に要する消耗品の購入等に使用する。
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