本研究では,エクソソーム分泌の制御機構に関わる因子として亜鉛に着目し,合わせて亜鉛の細胞内および細胞内小器官内への輸送を担う亜鉛トランスポーターが乳癌細胞に及ぼす影響に関して検討を進めている.最終年度は亜鉛トランスポーターによる乳癌細胞の遊走能の抑制機序およびエクソソーム分泌との関係について検討した.まず細胞内小器官に発現する亜鉛トランスポーターの発現をノックダウンした乳癌培養細胞からRNAおよびタンパクを抽出し,RNA-seqと抗体アレイを実施した.その結果,亜鉛トランスポーター発現のノックダウンで TGF-β経路にかかわる遺伝子やタンパク発現の増加が認められた.また,この亜鉛トランスポーター発現のノックダウンで乳癌細胞の遊走能は促進されたが,SMAD阻害剤によりこれは抑制された.したがって,細胞内小器官に発現する亜鉛トランスポーターが関わる乳癌細胞の遊走能の制御は,TGF-β/SMAD経路が関わることが示唆された.また,亜鉛添加と培養上清中のエクソソーム分泌量との関係をELISAにて検討したが,有意な変化は認められなかった.一方で亜鉛添加により,エクソソーム分泌に関わるタンパク質間相互作用関連因子の発現増加の傾向が認められた. 研究期間全体として,ヒト乳癌組織を用いた免疫組織化学では細胞内小器官への亜鉛の取り込みに関わる亜鉛トランスポーターの発現と,乳癌の悪性度の指標となるいくつかの臨床病理学的因子との間に有意な逆相関が認められた.また,乳癌培養細胞を用いた検討から亜鉛トランスポーターの発現が乳癌細胞のTGF-β/SMAD経路を介した遊走能や浸潤能の抑制に関わることが示唆された.さらに亜鉛がエクソソームの分泌に関わる可能性も示されており,亜鉛および亜鉛トランスポーターの乳癌細胞における機能とエクソソーム分泌との関係について今後も検討を続ける予定である.
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