乳がんの発症部位となる乳腺組織の周囲にはコラーゲンなどの細胞外マトリックス(Extracellular Matrix : ECM)が多く存在しており、乳がんの発症、症状の悪化の原因の一つとしてECM密度の増加による組織の「硬化」が挙げられている。しかし、ECMの硬化具合(量)が細胞の増殖能をどのように調節するのかといったシグナル伝達系や転写制御の理解は進んでいない。本研究では、特に悪性乳癌において活性亢進が強く認められECMの硬化具合と関わりの深いErbB2/HER2受容体シグナル伝達に着目し、哺乳類の増殖開始に不可欠な細胞周期エントリー(G1/S遷移制御)機構について調べた。ErbB2シグナル伝達経路によって直接的に活性化されるG1/S転移の制御機構を明らかにするために、成長因子を刺激したMCF-7乳がん細胞の詳細な時間経過解析を行った。また、同時にトランスクリプトーム解析およびエピゲノム解析も行い、転写制御についても調べた。最終年度は主に、G1/S制御ネットワークにおけるサイクリンD1とc-Mycの依存性に与える影響を一細胞レベルで解析し、ErbB2受容体発現レベルの変化がどのようにその依存性を制御するのか、また、細胞周期阻害剤を処理した時の影響について定量的に解析した。乳がんのErbB2発現レベルの違いが、細胞周期阻害剤に対する感受性の不均一性をどのように調節し、治療戦略を複雑にする可能性があるのか、その機序の一端を示唆する結果を得た。
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