研究課題/領域番号 |
21K15566
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鈴木 絢子 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (00770348)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 空間トランスクリプトーム解析 / ロングリード技術 / がん |
研究実績の概要 |
本研究は、空間トランスクリプトーム解析技術とロングリード技術を駆使して、がん組織空間上に不均一に生じているゲノム変異およびトランスクリプトーム異常を解析し、組織局所におけるがんの進展を分子レベルで明らかにする手法を開発・実践するものである。本年度は、肺腺がん凍結手術検体より取得した空間トランスクリプトームの全長cDNA増幅産物を用いて、ロングリード解析を実施した。位置バーコードを含む全長cDNAについてナノポア型長鎖シークエンサーPromethIONによりシークエンス解析を行い、位置バーコードが抽出できたロングリードから点変異を検出することで、空間トランスクリプトームデータ上の各スポットにおける変異ステータスを解析した。全トランスクリプトームをシークエンスすると、ハウスキーピング遺伝子等の高発現遺伝子が多く解読されてしまい、標的としていたドライバー変異やがん関連遺伝子の変異が検出できなかった。そのため、ターゲットキャプチャー法により、がん関連遺伝子の全長cDNAのみを濃縮し、シークエンス解析を行った。その結果、解析したすべての症例において、少なくとも1つ以上の複数のスポットについて、位置バーコードとcDNA上のドライバー変異を紐づけることができた。一方で、得られたシークエンスリードには、位置バーコードを持たないものや標的変異のある領域まで届いていないものが数多く含まれていた。逆転写および全長cDNAのPCR増幅の実験条件については、さらなる検討が必要であると考えている。また、得られたロングリードから位置バーコードと変異を検出する情報解析手法についても、開発が必要であり、いくつかの既存ツールを組み合わせてパイプラインの構築を始めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
空間トランスクリプトームVisiumの位置バーコード付き全長cDNAを、ナノポア型長鎖シークエンサーPromethIONを用いて解読し、肺がん組織空間上にがん関連遺伝子における変異ステータスをマップすることができた。当初の予定では、個々の標的がん遺伝子をPCRによって増幅する予定であったが、がん関連遺伝子のパネルを用いたターゲットキャプチャー法を用いることで、より多くのがん関連遺伝子をターゲットとすることができ、効率よくがん関連遺伝子をシークエンス解析することができた。全トランスクリプトームのシークエンス結果と比して、ターゲットキャプチャー法を用いたシークエンス結果では、標的がん遺伝子のcDNAが濃縮されていることも確認できた。 肺がん関連遺伝子の多くは3' UTRの長い転写産物を有することが報告されており、3'端から標的領域までが長く、PCR増幅ができない、もしくは、リード長が不足するといった問題点が想定されていた。今回、poly(A)の位置の違いやinternal poly(A) priming等によると考えられるが、結果として標的領域をカバーするリードは取得できており、一部のスポットでは、変異ステータスと位置バーコードの対応が取れていた。ドライバー変異であるEGFRおよびKRASのホットスポット変異についてそれぞれの症例において検出することができた。これらの結果から、本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は、空間トランスクリプトームVisiumの位置バーコード付き全長cDNAをナノポアシークエンサーで解読し、実際にデータ取得を行った。今後は、実験条件のさらなる検討、および、情報解析パイプラインの整備を進めていく。 得られたロングリードには、位置バーコードを検出できないものも多く含まれていた。これらの不完全な構造をもつ分子を排除し、位置バーコードとpoly(A)配列を有するcDNAを効率よく増幅するために、実験条件の検討を行う予定である。 情報解析については、他のグループが報告している情報解析パイプラインを参考に、がんの変異検出に特化した解析手法を構築する予定である。ショートリードデータより、すでに遺伝子、位置バーコード、分子バーコードの対応が取れているため、それらをロングリード上にて検索する。最近、ナノポアシークエンサーのシークエンス精度が99%に達したことにより、より正確な位置バーコードおよび点変異の検出が可能となったため、この技術進展に合わせて、解析手法をアップデートしていく必要がある。 これらの実験的・情報学的解析手法の開発と並行して、本研究では、がん組織空間上における遺伝子発現情報と変異ステータス、さらには病理組織学的情報の統合解析を実践する予定である。各階層のデータから得られるがん進展の軌跡を組織空間上に配置し、がん組織局所におけるがん進展の分子メカニズムを明らかにすることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究開発手法より得られた結果の確認実験のため、微小切片採取装置等を用いたバルクシークエンス解析を実施する予定であったが、切片取得の条件検討が年度中に完了しなかったため、次年度使用額が生じた。このため、バリデーションのためのシークエンス解析を次年度に行うこととし、次年度使用額はその経費に充てたいと考えている。
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