研究課題
躁状態と抑うつ状態を不定期に繰り返す双極性障害は、生活の質の重大な低下をもたらし生命をも脅かす気分障害である。しかし、双極性障害の生物学的基盤(患者脳内において分子レベル・神経回路レベルでどのような変化が起きているか)に関する理解は立ち後れているのが現状である。研究代表者の所属研究室では、興奮性シナプス入力の大半を担う AMPA 受容体をヒト生体脳で可視化・定量化する世界独自の技術となる PET(ポジトロン断層法)トレーサーの開発に成功している(Miyazaki et al., Nature Medicine, 2020)。また、この AMPA 受容体標識 PET トレーサーを用いて双極性障害患者の脳内 AMPA 受容体分布を画像化した結果、躁状態の臨床スコア(重症度)が高いほど、小脳における AMPA 受容体量が減少している(負の相関がある)ことが明らかになっている(未発表)。上記の臨床データに着想を得て、令和 3 年度には小脳の AMPA 受容体を RNA 干渉法によりノックダウンしたマウスが躁様行動(強制水泳テストおよび尾懸垂テストにおける無動時間の短縮や、ショ糖嗜好性の上昇)を示すことを確認した。すなわち、双極性障害の躁症状が小脳の AMPA 受容体量の低下によって引き起こされている可能性が示唆された。この知見をふまえ、令和 4 年度は双極性障害(躁状態)の発症を司る小脳関連回路を探索した。神経トレーサーおよび薬理遺伝学的手法(DREADD 法)を用いた検討の結果、小脳からの主要な出力元である深部小脳核から中脳腹側被蓋野への経路を特異的に活性化することにより、有意な躁様行動が誘起されることを見出した。本成果は、双極性障害の生物学的基盤を明らかにする上で貴重な知見であり、基礎研究による論理的根拠に基づいた新規診断・治療法の開発への貢献も期待されるものである。
1: 当初の計画以上に進展している
申請時の計画(目標)通り、マウス小脳の AMPA 受容体量の低下によって躁様行動が引き起こされる可能性を示唆する結果を得ることができた。また、作製した新規双極性障害(躁状態)モデルについて、申請段階で想定していた以上の多岐に渡る観点から妥当性を高める結果を得られたことは、大きな進展であった。また、双極性障害(躁状態)の発症を司る小脳関連回路の探索も順調に進展し、深部小脳核-中脳腹側被蓋野経路の関与を強く示唆する結果を得られた点も評価できる。
双極性障害の躁状態が、小脳 AMPA 受容体量の低下に起因している可能性、およびこの現象に関与する神経回路の一端(深部小脳核-中脳腹側被蓋野経路)は示すことができた。本研究成果を将来的に臨床応用していくためにも、今後は本研究で作製した新規双極性障害(躁状態)モデルマウスについて、予測妥当性を示す(ヒトにおける双極性障害の主要な治療薬であるリチウム投与を行い、躁様行動の改善を確認する)ことが重要であると考えている。
令和 4 年度の使用状況としては、ほぼ申請時の計画通りであった。新型コロナウイルス感染症の影響(旅費を伴う出張の減少)のため発生していた令和 3 年度からの繰り越し分がそのまま未使用額として残る形となっている。研究課題も後半に差し掛かり、当初の予定よりも順調に研究が進展していることも考慮すると、繰り越し分の一部はより積極的な学会発表やアウトリーチ活動に用いることが有用であると思われる。また、設備備品費・消耗品費にも企てることによって、より研究を充実・加速させることが可能になると考えている。
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