研究課題
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、タバコ煙等の有害物質の長期曝露を誘因とした慢性呼吸器疾患である。世界の死因の上位に位置しており、新たな治療法の確立が望まれる。当施設でこれまでに行ってきた疫学研究や動物実験では、鉄欠乏状態が経年的な呼吸機能低下や肺気腫の形成といったCOPDの疾患進行に関連することが示唆された。鉄欠乏状態では、酸化ストレス応答に関与するヘム蛋白の合成が低下する。このことから『細胞内鉄欠乏によるヘム蛋白合成低下が喫煙曝露への炎症応答を増悪させる』と考えた。本研究では、ヘム蛋白低下状態での喫煙曝露の影響を評価し、鉄代謝に着目した治療法を検討することを目的とした。ヘム合成蛋白(Aminolevulinic acid synthase(ALAS)-1)ヘテロノックアウトマウス(BDF1マウス)に対して全身喫煙暴露装置(M.I.P.S社)を用いて10本×5日/週の喫煙曝露を24週間施行し、喫煙曝露誘導肺気腫モデルを作成した。摘出肺標本をヘマトキシリン&エオジン染色し観察したところ、肺気腫の程度の指標である平均肺胞間距離については対照マウスと比較して有意差を認めなかった。ヘム減少がⅡ型肺胞上皮細胞のバイアビリティーに影響があるかを検証するため、ALAS-1阻害薬であるサクシニルアセトンで前処置したⅡ型肺胞上皮細胞株培地上清にタバコ抽出液を添加してアポトーシスアッセイ(Annexin ⅤおよびPI染色後のフローサイトメトリー法により検出)を行った。結果、タバコ抽出液投与によりアポトーシス細胞は増加することが分かったが、ヘム合成阻害によるアポトーシスの増加は認められなかった。同実験において、培地に添加されているウシ胎児血清中のヘムタンパクが細胞に供給されている可能性を考慮し、半透膜を用いて、血清を透析した後に同様の実験を行ったが、結果は同様であった。
2: おおむね順調に進展している
我々はこれまでの研究で、鉄欠乏状態が肺内の炎症を増強し、COPDの組織学的病態を悪化させることを示した。しかし、血清鉄の低値がなぜCOPDの増悪因子になるのか詳細は明らかになっていない。体内で鉄は、主にヘモグロビン鉄として利用されているが、他にヘムタンパク質の補欠分子族として生体に重要な役割を果たしている。前述の疫学研究では、貧血はCOPDの増悪因子ではなかったので、血清鉄の低値はヘモグロビンではなく、他のヘムタンパク質の合成低下を引き起こして、COPDを増悪させている可能性が示唆された。そこで我々はヘム蛋白合成経路のアミノレブリン酸合成酵素(Aminolevulinic acid synthase; ALAS)代謝に着目した。ALAS-1の代謝は赤血球中のヘム蛋白に影響を及ぼさないため、ヘモグロビンの生合成に影響せずに、他のヘム蛋白の合成低下を起こすことが期待された。ALAS-1遺伝子改変マウスを用いて肺気腫形成を誘導する実験を行ったが、対照群と比較して肺気腫の形成に差を認めなかった。また培養細胞系でALAS-1の合成阻害を行ったが喫煙刺激による細胞のアポトーシスに差を認めなかった。現時点では、細胞内鉄欠乏によるヘム蛋白合成低下が喫煙曝露への炎症応答を増悪させるという仮説とは異なった結果が得られた。
ALAS-1の発現の相違によって、貧血や鉄欠乏状態にはなっていないが、細胞内のヘム代謝に変動を来しているかを検証する。培養細胞系を用いて、ALAS-1阻害薬であるサクシニルアセトンによる細胞内ヘム蛋白濃度を測定する。細胞内ヘム蛋白の変動により、どのような変化が起こるかを検証する。細胞内ヘム濃度の変化により細胞内ミトコンドリア膜電位の変動が生じることが既報で確認されていることから、サクシニルアセトンを添加した培養細胞のミトコンドリア膜電位の測定を行うことで、細胞内ヘム蛋白の変動を間接的に証明する。サクシニルアセトン添加によりミトコンドリア機能障害が生じると、ミトコンドリア膜電位が低下することを想定し、肺胞上皮細胞株、気道上皮細胞株を用いて、JC-1染色を行うことでミトコンドリア膜電位の変化を検証する。さらにマウスに対し強制的にヘム蛋白を発現させる実験を行い、生体にどのような変化が起こるかを検討する。具体的にはアミノレブリンサン(ヘムタンパクの前駆物質)をマウスに投与し、肺組織中のHeme Oxygenase 1やミトコンドリア分裂を促進する. GTP 結合タンパク質 dynamin-related protein 1 (Drp1)を測定する実験を計画している。
残金は、少額なので、次年度の消耗品購入に使用する予定です。
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