形質制御転写因子(ASCL1、NEUROD1、POU2F3、YAP1、ATOH1)の発現プロファイルによる小細胞肺がんの分類が提唱されている。申請者は、形質制御転写因子が小細胞肺がんにおいて相互排他的に発現している可能性に注目し、この相互排他性の背景に腫瘍抑制性に働く転写因子の組み合わせが存在することにより選択や淘汰が生じていると仮説を立てた。我々は、多施設より小細胞肺がんの切除検体を集積し、各形質制御転写因子の相互排他的な発現を免疫組織化学染色法により確認した。特に、ASCL1とNEUROD1においては、組織レベルでは両者を発現している例外的な腫瘍でも、個々の細胞レベルではそれぞれの転写因子を高度に相互排他的に発現していることを2重蛍光免疫染色法で確認した。また、ASCL1とNEUROD1の共発現により、小細胞肺がん細胞株においてアポトーシスが強く誘導されることを見出した。発現遺伝子の網羅的解析により、外因性のASCL1あるいはNEUROD1の導入後に内因性の他方の転写因子の発現が低下するとともに、その標的遺伝子群の発現も高度に抑制される結果を得た。我々のモデルにおけるアポトーシスの原因が、外因性の形質制御転写因子導入による内因性転写因子の発現低下であるかを確認するため、CRISPR activationシステムを用いて内因性の形質制御転写因子の発現を増強し、致死的な転写因子共発現の影響が救済されるかを確認したが、これによりViabilityの低下の約10%が救済されるのみであった。以上より、ASCL1とNEUROD1の共発現モデルにおける細胞毒性のメカニズムとして、内因性形質制御転写因子の発現抑制が関与するのみではなく、ゲノムワイドに生じる細胞形質分化プログラムの破綻がより強く関与していることが示唆された。
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