昨年度までに、PCGF1-PRC1が複製フォーク近傍に局在し、血球系前駆細胞(HPC)においてPCGF1-PRC1が複製フォーク近傍へのクロマチンリモデリング因子SWI/SNF複合体の接近を阻害することで、複製フォーク通過直後のクロマチン複製を最適化し、ミエロイド関連遺伝子の異常発現を抑制する結果、血球前駆細胞の多分化能を維持する事を見出した(Takano J et al. Nature Communications. 2022)。従来エピジェネティックな細胞運命制御に関して、細胞分裂時のクロマチン継承の重要性が指摘されて来たが、その分子生物学的証拠は十分ではなかった。その背景で、DNA複製時のクロマチン継承が、実際に細胞運命を制御する事例を提示した事にこの成果の意義があると考えられた。また、これまでに転写抑制作用を持つポリコム抑制性複合体(PRC)とSWI/SNF複合体の発生における競合性が提唱されてきたが、哺乳類の生理学的環境下での競合作用の分子生物学的証拠はほとんど報告されていない。この競合作用が造血前駆細胞の複製フォーク近傍で起こることを新たに見出したことにも当研究の意義がある。 本年度は、上記の概念をより明確にするため、SWI/SNF複合体とPRC1の複製フォーク近傍での競合メカニズムの分子生物学的詳細を明らかにすることを目指した。そのために、生化学的手法の適応がより容易な胚性幹細胞 (ESC)を用いることとした。また、これまでのPcgf1欠損法は遺伝子切断によるものであり、PCGF1タンパクを枯渇させるまでに数日間の培養が必要であったのだが、その際に起こり得る、細胞増殖による影響を最小限にするために、PRC1タンパクの急性分解のシステムを採用する事とした。そして、HPCと同様の現象がESCでも起こっていることを確認し、ESCの系が妥当であると判断した。
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