ウイルスは、ゲノムとタンパク質の殻(カプシド)を構成する構造タンパク質が集合して、感染性粒子を作る。カプシドは、ウイルスと生物の相互作用が織りなす様々な生命現象の起点となる因子である。本研究では、エンテロウイルス(EV)をモデルとして、生命現象の根幹となるカプシド相互作用の実体解明を目指す。EV-A71カプシドタンパク質VP1の145番目のアミノ酸置換は、EV-A71の感染増殖能や中和感受性能や宿主への病原性など多彩な性質を制御することが報告されている。しかし、これら一連の変化の分子機序や構造基盤はほとんど未開拓のまま残されている。これまでにin silico構造解析技術を用いて、EV-A71カプシドモデルや宿主因子との複合体モデルから145置換により、変異箇所とは異なる機能部位(中和エピトープや受容体結合部位など)の構造特性や水素結合相互作用ネットワークが変化することを見出した。そこで、推定エピトープが既知のモノクローナル抗体を用いた中和試験により、構造特性変化とのEV中和感受性変化の関連を検証する。2種類のEV-A71cDNAクローン(VP1-145Gと145E)から感染性ウイルスを作製した。抗体は共同研究者から分与されたエピトープが判明している抗EV-A71カプシド単抗体や市販の抗EV-A71単抗体を用いた。これらの材料を用いて、中和試験を実施した結果、単抗体8種類は、145置換により中和能が変化した。これらの抗体のエピトープ領域は、145置換により構造特性が変化する箇所を含んだ。一方、3種類の抗体では中和能の変化は認められず、エピトープ領域の構造特性変化も検出されなかった。したがって、中和抗体のエピトープ領域の動的構造特性変化は、EVの抗体感受性変化に関与すると考えられた。
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