研究課題/領域番号 |
21K16371
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
横溝 久 福岡大学, 医学部, 講師 (60866747)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 糖尿病 / 骨格筋障害 / 骨格筋代謝 / SGLT2阻害薬 / 遅筋 / 速筋 / エネルギー代謝 / 糖尿病合併症 |
研究実績の概要 |
骨格筋は運動機能に加え糖代謝制御に重要であり、遅筋と速筋で構成される。遅筋は酸化的リン酸化が優位であり、持久運動に適する一方で、速筋は解糖系が優位で、収縮速度が速く、瞬発型運動に適する。糖尿病はサルコペニアの危険因子で、2型糖尿病の骨格筋において、特に遅筋が減少するとの報告がある。そこで研究代表者らは非糖尿病マウスを用いて、代謝変化作用を有するSGLT2阻害薬Canagliflozin(CANA)が骨格筋に与える影響を検討した。CANA投与により摂餌量増加を伴って速筋機能が亢進する一方で、遅筋機能は変化しなかった。Vehicle群とペアフィード(PF)してCANAを投与すると、速筋優位の機能低下・重量減少を認め、骨格筋メタボローム解析により遅筋と速筋に対するSGLT2阻害薬の作用が大きく異なることを見出した。SGLT2阻害薬が遅筋と速筋に対して質的量的に異なる影響を与えることを見出した本研究について学会発表を行い、Corresponding authorとして原著論文を報告した(Otsuka H., Yokomizo H., et al. Biochemical Journal, 2022)。 しかしながら、このような非糖尿病における糖喪失に対する骨格筋の代謝変化は、糖尿病で同様な変化が見られるかは不明である。SGLT2阻害薬は心不全治療薬として承認され、心筋への保護作用が報告されているが、糖尿病の骨格筋の重量と運動機能、特に遅筋と速筋に及ぼす影響や作用機序は十分に解明されていない。そこで本研究では、糖尿病モデルマウスの遅筋と速筋について(A)SGLT2阻害薬を投与して、量と運動機能、代謝産物、シグナル分子を比較して骨格筋障害を評価する。加えて(B)代謝産物とシグナル分子の変化に着目して、糖尿病における骨格筋機能障害の分子メカニズムについて明らかにすることを目的とした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
抗糖尿病薬であるSGLT2阻害薬は腎における糖の再吸収を減少させて尿糖排泄を通して異化反応を誘発するため、サルコペニア合併リスクが高い糖尿病患者の骨格筋萎縮を助長する懸念がある。そこで、2型糖尿病モデルdb/dbマウス(以下、糖尿病)と対照db/+マウス(非糖尿病)を用いて、通常食あるいはCANA混餌食により4週間飼育し、CANA投与による骨格筋重量と運動機能を評価した。CANA投与により、糖尿病では尿糖排泄の増加を伴って血糖値が低下したが、体重は変化しなかった。糖尿病では非糖尿病と比較して骨格筋重量は遅筋で51.4%, 速筋で59.1%減少したが、CANA投与で遅筋と速筋の重量は増加傾向であったが有意差は認めなかった。運動機能は、糖尿病と非糖尿病では速筋機能に差はなく、CANA投与にて変化しなかった。一方で、糖尿病では非糖尿病と比較して遅筋機能であるトレッドミル走行距離は98.2%減少したが、CANA投与により14.5倍増加した。骨格筋の運動機能を決定する因子として、①筋線維のサイズとMyHCタイプ(Ⅰ,Ⅱa, Ⅱb, Ⅱx)、②シグナル伝達、③細胞内代謝に着目した。①筋線維サイズ(断面積)に有意な変化は認めなかったが、糖尿病の遅筋において増加した速筋線維(MyHCⅡx)の割合がCANA投与により減少した。また、②遅筋と速筋におけるAMPKのリン酸化について、速筋では糖尿病で非糖尿病と比較し変化なく、CANA投与でも変化しなかったが、遅筋では糖尿病で低下したAMPKのリン酸化はCANA投与により改善した。③実験で採取した骨格筋を用いてメタボローム解析を行っている。本研究は糖尿病におけるSGLT2阻害薬の骨格筋への質的量的影響に関して、遅筋と速筋という代謝特性の異なる骨格筋について詳細に検討した点で新規性があり、おおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
我が国では、高齢化によりサルコペニアやフレイルが問題となっている。糖尿病は骨格筋の量と機能が低下するサルコペニアを促進させるが、高齢糖尿病患者において骨格筋の機能評価を詳細に検討することは困難である。したがって、モデル動物を用いることで、遅筋と速筋に分けて骨格筋の機能変化を評価し、得られた知見をもとに病因や病態だけでなく、治療標的の探索に結びつく可能性がある。 本研究課題では引き続き糖尿病モデルマウスへSGLT2阻害薬を投与した際の、遅筋、速筋における質的量的な変化を生理学的、分子生物学的に評価し、作用機序の解明を図る。遅筋、速筋における異なった骨格筋機能変化について、骨格筋の運動機能を決定する因子である①筋線維のMyHCタイプ、②シグナル伝達、③細胞内代謝に着目した検討を継続する。中でも今後は③細胞内代謝に注目する予定である。糖尿病はサルコペニアを促進させるが、遅筋と速筋それぞれの細胞内代謝に与える影響は十分に解明されていない。加えてSGLT2阻害薬による全身の代謝変化が糖尿病の遅筋と速筋の細胞内代謝にどのような影響を与えるかを評価した報告はこれまでになく、新たな知見が得られる可能性がある。 以上のように本研究課題において、非糖尿病マウスを用いて代謝変化作用を有するSGLT2阻害薬が遅筋と速筋に対して質的量的に異なる影響を与えることを見出した知見(2022 Biochemical Journal)と、糖尿病という病態モデルにおけるSGLT2阻害薬の骨格筋作用と臨床的意義について検討する知見とを組み合わせる計画を推進する。今後の臨床において非糖尿病患者だけでなく糖尿病患者にSGLT2阻害薬を使用する際に遅筋と速筋に分けて骨格筋代謝へ及ぼす影響を十分に考慮する重要性を示しうる本研究の意義は大きいと考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
糖尿病マウスを用いた実験において一部の助成金が余ったため当該助成金として次年度に請求する。次年度使用額と合わせて糖尿病モデル動物を用いた詳細な実験:特にシグナル伝達、細胞内代謝に着目し、糖尿病という病態モデルにおけるSGLT2阻害薬の骨格筋作用と臨床的意義について検討する。
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