本研究は、がん細胞における鉄代謝異常ががんの悪性化に及ぼす影響を明確にし、鉄代謝異常を標的とした新規治療戦略の開発を目的としている。令和3年度では、肺がん細胞は正常細胞に比し細胞内鉄イオン濃度が高く、また薬剤耐性株では親株よりもさらに高濃度であることを明らかにした。そして鉄剤投与により肺がん細胞は、細胞遊走能が上昇、分子標的治療薬に対する感受性が低下することを確認した。令和4年度は、鉄キレート剤(デフェラシロクス)を用いた薬剤耐性株に対する治療効果について検討した。デフェラシロクスの併用により薬剤耐性株の細胞内鉄イオンは完全に除去され、オシメルチニブに対する治療抵抗性が一部解除されることを確認した。次に鉄過剰状態が治療抵抗性をもたらす機序について検討した。EGFR肺がん細胞は、オシメルチニブ治療により細胞内ROS産生が誘導され、その結果としてアポトーシスに陥る。しかし鉄過剰状態ではROS産生は抑制されており、これにより治療耐性を生じていると考えられた。デフェラシロクスを併用することにより、耐性株におけるROS抑制が解除され治療感受性が改善することを明らかにした。令和5年度は、ROS産生と治療感受性の更なる検討として、抗酸化作用を有するN-アセチルシステイン(NAC)を用いた検証実験を行った。NACによりROS産生を抑制することで、デフェラシロクスによる耐性解除する効果が減弱することを確認した。さらに、耐性株を用いたマウス皮下腫瘍モデルにおいて、鉄キレート剤を併用することによりオシメルチニブに対する感受性が改善することを示した。
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