研究実績の概要 |
生体内には生命機能の維持に重要な役割を担う微量元素が存在しており、その変動はさまざまな疾患と関連する可能性が示唆されている。本研究においては、これまでICP-MS法(誘導結合プラズマ質量分析法)という手法を応用し、主に血清中の17種の微量元素(Na, Mg, P, S, K, Ca, Fe, Co, Cu, Zn, As, Se, Rb, Sr, Mo, Ag, Cs)の濃度を網羅的に測定し、大腸癌、胃癌、肺癌、肝癌、膵癌、前立腺癌、乳癌、子宮癌、卵巣癌において血清微量元素プロファイルが異なることを明らかにしてきた。またどのような条件下で微量元素プロファイルが変動するか、これまで検討したところ、日内変動するものや年齢、性別、その他生活習慣によって有意に差異を生じうる元素を複数同定することに成功している。 本研究における目標は、ICP-MS法を用いた網羅的血清微量元素プロファイル測定に基づいた泌尿器科癌種別の新規血清マーカーの開発という目的である。これに向けて、8000人異常の健常者および特定の癌腫を対象とした担癌患者の血清を用い、網羅的微量元素プロファイルのデータベースを構築している。本研究では健常者の健診アーカイブデータを用い、年齢、性別、採血時間、腎機能・肝機能・耐糖能・内分泌能・生殖機能などの生理機能や、腹部臓器、生殖器の超音波画像、喫煙歴やサプリメントの摂取歴、さらに居住地も因子に加え、微量元素の変動に寄与する因子の解析を行っている。また微量元素の変動の原因には、多くの因子の関与が疑われるため、従来の線形的な解析方法では臨床応用に十分な精度をもって判別するには限界がある。本研究においては、より疾患特異的な判別法を開発すべく、人工知能を使用することで最適解が得られないか検討を続けている。特に機械学習の手法の一種である、SOM(自己組織化マップ)は各パラメータ間に存在する非線形的な関係を、幾何学的関係を持つ像へと可視化することができるため注目している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
筑波大学附属病院で包括的同意のもとバイオバンクに保管されている腎癌200例、尿路上皮癌200例、前立腺癌200例の血清を用い、ICP-MS法による網羅的微量元素プロファイル解析を進めている。過去の研究の17元素に加え、Li, Mn, Cd, Ba, Tlの5元素を加えて検討を行うべく、試薬や測定機器の最適化も実施した。また健常者の健診アーカイブデータにあわせて、これらのバイオバンク症例における微量元素の変動に寄与する、採血時間、腎機能・肝機能・耐糖能・内分泌能などの生理機能や、腹部臓器、生殖器の超音波画像、喫煙歴やサプリメントの摂取歴、さらに居住地を加えたデータベースを構築した。現時点において前立腺癌、腎癌の微量元素プロファイルを線形的に解析することで疾患を判別することが可能であることを確認し、その内容について論文執筆を進めている。またこれらのバイオバンク症例は、治療前後の血清データも入手できたため、80症例について治療前後の様々な時点における計400検体について微量元素プロファイルの変動についても検討を行った。治療前後で、癌の原発部位の差異以上の微量元素プロファイルの変化はみられず、微量元素が癌の存在自体ではなく、癌を発症しやすい体質を反映していることも想定された。さらに前立腺癌疑いで生検による確定診断が予定される患者に対する検討もおこなった。過去の研究の判別分析を適用すると微量元素のみで癌ありと判別できる割合は、生検で癌と確定診断された患者の方が、生検で癌が否定された患者と比較して有意に多かった。ただし生検の結果にかかわらず、前立腺癌が疑われた患者の微量元素プロファイルは、過去の研究における前立腺癌患者と類似する傾向が確認された。
|