研究課題
腹膜播種を伴う進行卵巣癌に対する有効な治療法は未だに確立されてなく、腫瘍の病勢を制御することで難治性を打破する新たな治療戦略が期待される。申請者はこれまでに、進行卵巣癌の腹膜微小環境において卵巣癌関連腹膜中皮細胞(ovarian cancer-associated mesothelial cells: OCAM)を同定し、その機能を追求してきた。本研究では、本来は“防御的”な作用を有する正常腹膜中皮細胞が、OCAMという卵巣癌の進展を促進する“癌の味方”へとコンバージョン(形質転換)する際の分子生物学的メカニズムを、遺伝子改変実験動物モデルによる腹膜中皮細胞リネージトレーシング(lineage tracing)を用いて解明する(課題①)。さらに、正常腹膜中皮細胞がOCAMへと変貌する過程を標的として、その変化を抑制する未知の候補物質を、大規模ケミカルライブラリーを用いて探索する(課題②)。これにより、“腹膜中皮細胞という宿主細胞”の再生を行うことで、既存の抗腫瘍薬の奏効率をさらに高める“シナジー効果(相乗効果)”を狙った新規治療戦略を開発し、進行卵巣癌の病勢制御を目的とした革新的研究基盤を創造する。本年度の研究により、腹膜中皮細胞リネージトレーシングのための遺伝子改変実験動物モデルである、WT-1遺伝子の下流にCreERT2を発現させ、loxP領域にtdTomatoを挿入したコンディショナルノックインマウスに対して卵巣癌腹膜播種を形成させたところ、正常腹膜中皮細胞がOCAMへと変貌する過程が詳細に観察され、さらに種々の細胞への偏分化の可能性が示された。動物実験を主体とした本年度の成果を論文化すべく準備を進め、再現性確認のための検証実験を行った。また正常腹膜中皮細胞がOCAMへと変貌する過程を標的としたスクリーニングシステムの樹立に取り掛かり、知財開発準備を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
本年度の研究により、当初の研究課題2項目に該当する内容に関する成果を挙げることができたと考える。①本来は“防御的”な作用を有する正常腹膜中皮細胞が、OCAMという卵巣癌の進展を促進する“癌の味方”へとコンバージョン(形質転換)する際の分子生物学的メカニズムを、遺伝子改変実験動物モデルによる腹膜中皮細胞リネージトレーシングを用いて解明する: 腹膜中皮細胞リネージトレーシングのための遺伝子改変実験動物モデルである、WT-1遺伝子の下流にCreERT2を発現させ、loxP領域にtdTomatoを挿入したコンディショナルノックインマウスを樹立し、ID8細胞株を腹腔内投与して腫瘍形成を行い観察したところ、腫瘍間質成分以外にも複数の細胞種に腹膜中皮細胞が変化していく様子が観察された。間葉系マーカーを複数免疫染色したところ、WT-1陽性細胞にVimentinやDesminが陽性となることが確認され、中皮細胞の間葉転換に伴う癌間質の形成を証明した。②正常腹膜中皮細胞がOCAMへと変貌する過程を標的として、その変化を抑制する未知の候補物質を、大規模ケミカルライブラリーを用いて探索する: ハイスループット・ケミカルライブラリースクリーニングを行うため、正常中皮細胞とOCAMとを識別するためのマーカー探索を行い、標的分子Xを特定した。本分子のレポーター系を用いて、スクリーニングシステムの構築を目指し、施設内への知財申請準備を行った。
本年度に得られた成果をもとに、さらに予定の研究内容を推し進める。①の系譜追跡においては、セルソーターにより標識された腹膜中皮細胞のみを抽出し、RNAシークエンスや一細胞RNAシークエンスを行うことで、癌性腹膜炎により生じたOCAMの変化を網羅的に解析することを予定する。②の候補物質探索においては、上述の知財開発をさらに進めるとともに、ハイスループット・ケミカルライブラリースクリーニングを行うことで、新規の治療候補物質の同定を行うことを目標とする。
すべて 2023 2022 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (7件) (うち国際共著 5件、 査読あり 7件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (15件) (うち招待講演 2件)
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