正常細胞に段階的な遺伝子変異が蓄積することで癌化が生じる多段階発癌モデルが細胞の癌化モデルとして提唱されているが、特定の遺伝子変異の蓄積が真に癌化に寄与するか否かは適切な実験モデルがなく、長らく不明であった。一方で、3次元的なミニ臓器の作製法であるオルガノイド培養技術を応用して、大腸オルガノイドによる大腸癌の多段階発癌の再現実験が近年報告された。本研究では、最近開発されたヒトiPS細胞由来唾液腺オルガノイドを用いてin vitroで遺伝子変異の蓄積状態を再現することにより、これまで唾液腺腫瘍の発生に関与するとされてきた遺伝子変異の腫瘍原性を検証し、ヒト唾液腺腫瘍の発生メカニズムや関連遺伝子の直接的な解析を目的としている。 昨年度は、高悪性度の唾液腺腫瘍である唾液腺導管癌で高頻度に認められるTP53遺伝子変異をCRISPR-Cas9システムを用いてヒトiPS細胞へ導入した。今年度はTP53遺伝子変異を有するヒトiPS細胞株を樹立し、唾液腺オルガノイド培養法を用いて腫瘍オルガノイドの作成に挑戦した。細胞株はTP53変異を片方のアレルに有するものと、両方のアレルに有するものの2種類を用意し、サンガー法にて塩基配列を決定した。RT-PCRにて未分化マーカーの発現が保持されていることを確認後、唾液腺オルガノイド培養を行った。培養80日時点で、野生型および変異を片アレルに有するものでは腺管形成がみられたが、一方で、両アレルに変異を有するものでは充実性の増殖が主体であり、腺管形成はわずかであった。また、p53免疫染色では極端に染色性が低下しており、実際の腫瘍と矛盾しない結果であった。本研究で作出された遺伝子改変唾液腺オルガノイドは野生型に比べて形態およびp53タンパクの発現が変化しており、今後更なる遺伝子発現解析や組織学的検討により、腫瘍発生メカニズムの解明に寄与できると期待される。
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