寒冷暴露(凍死)は特徴的所見に乏しく判定が困難な症例も多い.凍死を示唆する血液検査所見としてケトン体の上昇が報告されているが,低栄養でもケトン体は上昇し,低栄養と寒冷暴露の鑑別に適さず,新しい検査法が求められている.これまで我々は,寒冷暴露時にACTH(adreno corticotropic hormone)の分泌細胞が出現することを明らかにした.この所見から,副腎皮質におけるコルチゾールが変化することが予測される.本研究では,「寒冷暴露に伴うコルチゾールの病態生理学的意義」を調べ,コルチゾールの動態が寒冷暴露の診断マーカとなり得るか明らかにし,法医学上の凍死診断の一助とすることを本研究の目的とした. 令和3年~4年度にかけては,ACTHの上昇に伴うコルチゾールの上昇が予測されることから各血液採取部位(左心臓内血液・右心臓内血液・総腸骨静脈血液)におけるコルチゾールの変化について調査を行った.凍死と判断された症例群においては,他死因群と比較して明らかにコルチゾール高値の結果が得られた.また,コルチゾールの変化がACTH刺激に伴うものなのか,副腎への寒冷暴露ストレスに伴う単独産生であるのかを培養細胞を用いて検討し,ACTHとコルチゾールの値との相関性について検討した.令和5年度には免疫組織学的手法により凍死でしばしば認める胃粘膜の黒色点状出血とコルチゾールおよびガストリンとの関連を検討し,ガストリンの関与は認められなかったものの,コルチゾールが関与が示唆される結果が得られた.以上の結果から,コルチゾールの測定は凍死診断において有用であることを示すとともに,凍死時にコルチゾールが上昇する生理学的機序の一部について明らかにすることができた.
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