研究課題/領域番号 |
21K18016
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
福井 佑介 京都大学, 教育学研究科, 講師 (20759493)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 差別図書 / 表現の自由 / 知る権利 / 知る自由 / 図書館史 |
研究実績の概要 |
今年度は研究の初年度であり、研究計画に従って、課題(a)「当事者の動向」の調査に注力した。新たに名古屋市図書館のOBとコンタクトをとり、当時の状況について伺うことができた。それと並行して、課題(b)「図書館界での反応」も先発させ、図書館の社会的責任論に関する歴史的な展開の中で、『ピノキオ』事件がいかなる位置にあるのかをまとめ、単著の研究書である『図書館の社会的責任と中立性』(松籟社、2022年)の中で論じた。 1950年代には、図書館の社会的責任は「中立」性と強く紐づけられていた。政治的・社会的な問題に対して、図書館界がいかなる立場を取るのか(あるいは距離をとるのか)が主たる問題であり、一定の見解の対立が顕在化していた。1960年代になると、図書館普及運動やサービスの在り方など、図書館の内側の問題に図書館界の意識が集中するようになり、政治的な討議は締め出されるようになった。このような展開に照らせば、1970年代の『ピノキオ』事件は、市民からの告発に端を発したものであり、資料を扱う図書館の社会的責任が、社会の側から問われるようになった事件という位置にある。特に、『ピノキオ』事件において名古屋市図書館が図書館の社会的責任を「知る権利」の保障に位置付けたことは、図書館界全体の動向と軌を一にする、象徴的な事例であった。すなわち、規範の領域では、「図書館の自由に関する宣言」の改訂にみられるように、図書館の社会的責任が、以前の「中立」論ではなく、法学的な「知る権利」を含めた表現の自由論を基礎に置く「知る自由」の保障と結び付けられるようになった。『ピノキオ』事件は、その規範の領域の変化を明確に受容しながら、それを実践の領域で具体化した事例として理解することができる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実施計画に沿って調査を進めることができている。実地での資料調査はやや遅れているものの、新たな調査対象とコンタクトをとることができた。また、図書館界での反応に関するまとめを具体的な研究成果の中で論じることができており、総合的にみて、順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
研究計画に沿って、課題(a)「当事者の動向」に関する調査を進める。また、今年度から本格化する計画になっていた課題(b)「図書館界の反応」では、図書館界での評価の対立や規範に関する動向からみた位置づけに関する検討をすでに進めることができているため、もう一つの大きな論点である図書館と差別問題とをめぐる地域差に関する論点を重点的に調査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
調査対象がご高齢であるため、コロナ禍の状況下では直接インタビュー調査等を実施することができず、旅費を中心に残額が生じた。翌年度も状況が改善されるかどうかは不透明であるが、直接のインタビューや現地での資料調査が難しい場合には、メールや手紙等でインタビューを進めることとして、別途、必要な資料やデバイスの購入に費用を用いることとする。
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