研究実績の概要 |
本研究の目的は,化学物質が神経細胞におよぼす長期的な影響を評価できるような,細胞の分子ダイナミクスと活動電位ダイナミクスを長期間にわたり追跡できる実験系を構築することである.本年度は昨年度に引き続き,分散培養された神経細胞が作る神経回路網の発達状態が化学物質に対する感受性に影響を与えるという仮説を実証するための実験を実施した.具体的には,培養日数の異なる神経細胞(培養15, 30, 60日目)にビスフェノールA(BPA)を添加し,添加直後から添加後5時間まで,1時間毎に神経細胞のラマンスペクトルを取得し,主成分分析(PCA)による解析を行った.その結果,培養15, 30日目のBPA添加群とコントロール群でラマンスペクトルの違いが観測された.ノルアドレナリンの合成元であるチロシンに帰属できるバンドが判別の指標となり,BPAによって細胞内のチロシン濃度が上昇することが示唆された.一方,培養60日目の細胞から得られたラマンスペクトルを解析した結果,BPA添加群とコントロール群の判別はできず,昨年度の実験と同一の結果が得られた.また,上記と同様の培養条件,BPA処理条件の神経細胞に対し,膜電位感受性色素を用いて神経細胞の自発発火間隔を測定した.その結果,培養15, 30日目の神経細胞では100μM BPA処理を行うと自発発火の間隔がBPA処理前と比べおよそ2秒短くなり,BPA処理によって高頻度の発火が誘発された.一方,培養60日目の神経細胞ではBPA処理後であっても自発発火の間隔はBPA未処理条件と有意差はなかった.神経回路網が未成熟(培養15, 30日目)な段階ではBPAが過剰な興奮を引き起こし,ラマン分光法による解析結果と整合性が取れている.BPAがもたらす発達神経毒生の本質は未成熟な神経回路網中の神経細胞に緩やかかつ長期的に続く興奮毒性であることが示唆された.
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