本研究の目的は,化学物質が神経細胞におよぼす長期的な影響を評価できるような,細胞の分子ダイナミクスと活動電位ダイナミクスを長期間にわたり追跡できる実験系を構築することである.本年度は前年度に実施した膜電位感受性色素を用いた電気生理学的手法によるビスフェノールA(BPA) の感受性評価実験を引き続き実施し,再現性を確認することができた.また,培養初期の神経細胞がBPAに一時的に曝された時の影響は長期的に残るのかどうかを明らかにするため,培養4日目の神経細胞にBPAを24時間曝露させ,その後通常条件で培養する実験を実施した.しかし,BPAの溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)のみを添加したコントロール群でも培養15日目をすぎた頃に細胞が死滅してしまった.BPAそのものを長期に渡り評価するためには溶媒であるDMSOそのものの毒性は無視できない.代替となる溶媒が必要である.最後に,BPAの短期曝露が神経細胞内のチロシン濃度の上昇を引き起こすかどうかを確認するため,同一細胞のラマンイメージングと質量分析イメージング(MSI)が取得できるような培養条件の探索を開始した.アルミニウムコートスライドグラス上でのラット海馬由来神経細胞の培養を試みた.明視野観察では神経細胞の接着,突起の伸長が確認できた.今後,ラマンイメージングとMSIの条件検討を実施する予定である. 本研究期間を通じて,神経回路網の成熟状態によって化学物質への耐性が異なることが示された.未熟な段階の神経細胞がBPAに曝されると,ドーパミンやノルアドレナリンの合成元になるチロシンに帰属できるスペクトル変化が観測された.BPAがもたらす発達神経毒生の本質は未成熟な神経回路網中の神経細胞に緩やかかつ長期的に続く興奮毒性であることが示唆された.
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