研究課題/領域番号 |
21K18240
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
三浦 徹 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (00332594)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2026-03-31
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キーワード | 珍無腸動物 / 雄性生殖器 / パターニング遺伝子 / 突出部位 / 付属肢 / 縦分裂 / 無性生殖 / トランスクリプトーム |
研究実績の概要 |
本研究課題は、左右相称動物の起源に関係すると考えられている無腸動物の繁殖様式について、交尾器形成の機構に着目して進化発生学的研究を展開している。三崎臨海実験所沿岸の潮間帯から潮下帯において通年採集可能なミサキムチョウウズムシを対象として、生殖腺(卵巣および精巣)と雄性交尾器(ペニス)の形成について、まずは詳細な組織観察を行った。その結果、卵巣組織は体の後半部の上皮近傍に、精巣組織は体の前半部の上皮近傍に形成されることが明らかとなり、精巣組織が存在する前半部の腹側に筋肉質の雄性交尾器が形成されることが明らかとなった。また、各発生ステージから抽出したRNAをもとにトランスクリプトーム解析を行い、主要な発生制御因子の遺伝子カタログを作成しており、現在はリアルタイム定量PCRに基づいて、付属肢形成遺伝子などの主要な発生制御因子の遺伝子発現解析が進行中である。 一方、臨海実験所所有の飼育水槽中において多数個体が繁殖している無腸動物 Convolutriloba longifissura について、その繁殖様式を調べたところ、この種は無性的に分裂を行い増殖することが明らかとなった。本種は、体の前後に横分裂を行った後、後半部分のみが正中線にそって縦分裂を行うという特徴的な無性生殖様式をとることが明らかとなった。この特徴的な分裂様式を明らかにするため、経時観察および組織観察を詳細に行い、更にトランスクリプトームに基づく遺伝子発現解析(RNA-seq解析)を行ったところ、この縦分裂では、再生した2つの頭部の独立した動きが分裂を促進すること、縦分裂面の組織があらかじめ薄くなっていることが必要であり、縦分裂と並行して眼点形成・神経形成・正中線形成に関する遺伝子が発現上昇する事が明らかになった。 更に、節足動物の複数の系統において、付属肢の形成や追加、また多様化についての成果が幾つも上がっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ミサキムチョウウズムシの交尾器については、予定通りの成果が上がっており、今後の主要遺伝子群の発現解析の結果に期待が持たれる。その一方で、当初研究計画の時点では、飼育が確立していなかったConvolutriloba longifissuraという種の繁殖様式(無性生殖様式)について、特異な分裂様式(縦分裂)をすることを発見し、その発生制御機構についての研究が大いに進展した。この成果について、現在論文執筆中である。また、節足動物であるワラジムシやワレカラ、ヤスデ、シロアリなどについて、後胚発生における付属肢形成と修飾過程について成果をあげており、既に論文として出版された成果も幾つもある。これらについては当初の計画にはなかった成果であるため、このような評価とした。
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今後の研究の推進方策 |
ミサキムチョウウズムシの生殖巣および交尾器の発生過程について、特に遺伝子発現解析に力点を置いて研究展開に注力する。まずはリアルタイム定量PCRにおいて、予想される付属肢形成因子やパターニング遺伝子の発現上昇が発生過程で生じるかを確認した上で、in situハイブリダイゼーションにより発現部位を確認することで、生殖性/交尾器形成に関与するかどうかを吟味する。更にRNA干渉法やゲノム編集による遺伝子機能解析法の開発についても着手する。また、今回明らかになったConvolutriloba longifissuraの縦分裂様式についても、更に遺伝子発現解析を進め、どのような分子発生機構の獲得がこのような特異な繁殖様式をもたらしたのかについて考察を行う。対象としている無腸動物を含めた珍無腸動物門は、左右相称動物の系統の根本で分岐した分類群とされるため、祖先的な左右相称動物を予測する上で非常に重要な分類群である。得られた結果と、既知の左右相称動物での発生過程や遺伝子発現様式を比較することで、節足動物や脊椎動物において付属肢や四肢が獲得されるに先んじて、動物の系統で交尾器が獲得されたことを分子の証拠とともに提示することを目標として、研究を推進する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、計画にはなかった成果が多々上がった一方で、当初の計画であったミサキムチョウウズムシにおける付属肢関連遺伝子の発現解析については、コロナ禍の影響もあり、解析が立ち後れている部分もある。特に、トランスクリプトーム解析(RNA-seq解析)については、本来であれば既に発注している試料について、未だ調整が出来ていない段階であるため、これらの解析については次年度に持ち越しとされる。そのため、前年度未使用額が生じている。これについては、次年度において速やかに解析を行うことを予定しているため、速やかに執行できる。また、いくつかの論文も執筆が遅れているが、近日中に投稿を予定しているため、論文原稿の完成や雑誌掲載に向けた支出も速やかに執行される予定である。
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