研究課題
糖鎖はタンパク質と比べてゆらぎが大きく、X線やMRIの解析により平均的立体構造を得ることは難しい。従ってこれまでタンパク質の常識は糖鎖では非常識であることが多くあった。その最たるものとして、増殖因子(タンパク質)のように直接に受容体を介して細胞内にシグナルを伝えることは糖鎖にはできないと考えられてきた。ところが最近糖鎖に対する受容体が見つかり、但し、その酵素活性の生物学的意義は不明であった。我々はその糖鎖のリガンドとしてのコア構造を決定し、受容体酵素の基質を含む下流シグナル、そしてそれによる神経軸索再生制御を解明した。この発見は例外的な糖鎖のシグナル経路とは考えにくく、新しいコンセプトが隠されている可能性が高い。本研究の眼目は、多面的アプローチによって、糖鎖シグナル伝達という新コンセプトを樹立することにある。我々は、異なる糖鎖受容体同士のクロストークを見出すことができた。すなわち、受容体型チロシンフォスファターゼPTP sigma(Protein Tyrosine Phosphatase sigma)と受容体型チロシンキナーゼALK(Anaplastic Lymphoma Kinase)のコータクチンのリン酸化、脱リン酸化を介するクロストークである。さらに、PTP sigmaとALKの共通基質候補分子はコータクチン以外にも複数あることを近接ビオチンラベリングによって見出した。R4年度はこれらの共通基質候補分子群の中でAPBB1(Amyloid Beta Precursor Protein Binding Family B Member 1)に注目して解析を進めている。また、もう一つ、糖鎖スイッチの生物学的意義の観点からembryoとadultの軸索再生能の対照的な差異を検証し、HSの一つであるグリピカン2が決定的役割を担うことを見出した。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的達成のために以下の3つの目標を設定してきた。1.ALK活性化に必要なHS機能ドメインの決定2.ALK・PTP sigma・LARの網羅的基質探索と共通基質の決定3.機能的糖鎖リガンドによる多層的糖鎖スイッチの生物学的意義の検証上記のうち2.について、R3年度、糖鎖受容体酵素の基質同定により異なる受容体同士(キナーゼとフォスファターゼ)のクロストークを見出すことができた。すなわち、コンドロイチン硫酸(CS)の結合によって受容体型チロシンフォスファターゼPTP sigmaは単量体となり活性化され、その下流でコータクチンの脱リン酸化が起こる。一方でヘパラン硫酸(HS)の結合ではPTP sigmaは多量体となり不活化され、コータクチンの脱リン酸化は抑えられる。ところが受容体型チロシンキナーゼALKはHSによって多量体となって活性化され、コータクチンをリン酸化する。コータクチンはアクチン重合を安定化しリソゾームとオートファゴソームの融合に必須であり、これによってオートファジー流が軸索先端から細胞体方向へ正常に流れ軸索は伸長する。我々は近接ビオチンラベリングによりPTP sigmaとALKと相互作用する細胞内分子の中で共通する分子(共通基質候補分子)がコータクチン以外にも複数あることを見出した。R4年度はこれらの共通基質候補分子群の中でAPBB1(Amyloid Beta Precursor Protein Binding Family B Member 1)に注目して解析を進めている。また、もう一つ、糖鎖スイッチの生物学的意義の観点からembryoとadultの軸索再生能の対照的な差異を検証し、HSの一つであるグリピカン2が決定的役割を担うことを見出した。
目標1「ALK活性化に必要なHS機能ドメインの決定」については、むしろ生体レベルでのALK の作用機構に課題をシフトして研究を進めたいと考えている。すなわち、ALK欠損マウスの低体重と交感神経系活性化にALKが関与する可能性を見出している。ALKは脳内の限られた部位で特徴的な発現をしており、そこには交感神経系の神経核が存在することから両者の関連は生理的にも意義があると推測される。目標2「ALK・PTP sigma・LARの網羅的基質探索と共通基質の決定」については、APBB1について解析を進める。目標3「機能的糖鎖リガンドによる多層的糖鎖スイッチの生物学的意義の検証」については、embryoとadultの軸索再生能の対照的な差異を検証する。発見したHSの一つであるグリピカン2の決定的役割とは、具体的には、CSの濃度勾配の上では初代培養後根神経節細胞の軸索先端はadultではdystrophic endballを呈するが、embryoではgrowth coneを形成する。Embryoではグリピカン2の発現が他のHSプロテオグリカンに比べて顕著に高い。グリピカン2の発現を誘導するとadultでもgrowth coneを形成し、逆にグリピカン2のノックダウンではembryoでもdystrophic endballを形成する。グリピカン2がALK、PTP sigmaとどのようなクロストークを行うかを検証したい。
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