中世の荘園制においては、統治業務を提供する債務と、その業務の対価として定額の地代を収取するる債権とを組み合わせた職(しき)が,農民,武士,貴族の間に重層的に保有される,分散的な統治と所有の構造を持っていた。このうち,名主職(みょうしゅしき),作職(さくしき),百姓職(ひゃくしょうしき)と呼ばれる地主層の職は,特に活発に売買された。14世紀以降における集約型農業への転換にともなう生産性上昇分の多くが、地主の職の請求権に加地子(かじし)として組み込まれたからである。しかし、この地主層の職の売買契約書である売券には重要な謎があった。地域間の売券価差が、地域間の農業生産性格差を考慮しても極めて大きく、その価格差を説明する要因が明らかにされていないのである(貴田潔(2017)「第3章第2節 中世における不動産価格の決定構造」深尾京司・中村尚史・中林真幸編『岩波講座 日本経済の歴史 第1巻 中世 11世紀から16世紀後半』岩波書店,177-196,230-231)。 これに対して、私たちは、売券の価格は、土地生産性そのものではなく、加地子価額によって決まるとする仮説を立てた。この仮説を実証するために、巨大荘園領主であった東寺の荘園史料を多く含む東寺百合文書のうち、「加地子」の語を含む史料を全て電子化したデータベースを作成した。売券価格と加地子額には銭建てと米建てが併存するため、実質売券価格と実質加地子価額を計算するために銭米相対価格の系列も作成した。 その結果、売券価格と加地子価額の間には相関関係が認められた。加地子の現代語訳は「追加的な土地の利回り」であるが、実際、中世の土地市場において、投資家は、売券価格に対する加地子の割合を利回りとして、より高い利回りを求めて投資として買い、あるいは生産性の改善によってより高い利回りが実現されたときに売って譲渡益を得ていたものと推測される。
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