研究実績の概要 |
層状有機導体α-(BEDT-TTF)2I3の電子系は低温で空間反転対称性が破れた電荷秩序絶縁相に相転移する。臨界圧力1.2GPa直下の弱い電荷秩序状態は、ギャップの開いた2次元Dirac電子系となり、有限のBerry曲率双極子による非線形異常Hall効果と電流誘起軌道磁化が発現することが予想されていた[T.Osada他,JPSJ89,103701(2020)]。しかし現実の系ではランダムに形成された2種の電荷秩序ドメイン間でこれらは相殺されてしまう。そこで電流誘起磁化を用いてドメイン均衡を破る「電流磁場中冷却法」により非線形異常Hall効果の顕在化を試みた。 試料を冷却して電荷秩序が発生する際に、強磁場下で直流電流を流すと電流誘起磁化が配向するためドメインの配向が期待できる。この場合、ドメイン境界散乱の減少により弱い電荷秩序相の電気抵抗も減少すると期待できる。実験を行ったところ、電流磁場中冷却による有意な抵抗減少は観測できなかった。しかし弱い電荷秩序状態での非線形異常Hall効果の観測には成功した。これは実験では既にドメイン均衡が破れていたことを意味する。非線形異常Hall電圧が電流のBerry曲率双極子に対する向きに依存した異方性や非相反性を示すこと、電荷秩序強度を反映した温度・圧力依存性を示すことを実験的に確認した。これは有機導体分野における初めてのトポロジカル輸送現象の観測であり論文発表した[A.Kiswandhi & T.Osada, J.Phys.:Condens.Matter 34, 105602 (2022)]。 さらにBerry曲率双極子由来の新しい非線形異常熱電効果の提案と、有機導体の弱い電荷秩序相での見積もりを行い、論文発表した[T.Osada & A.Kiswandhi, J.Phys.Soc.Jpn. 90, 053704(2021)]。
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