研究課題/領域番号 |
21K18594
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
長田 俊人 東京大学, 物性研究所, 教授 (00192526)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | 非線形異常ホール効果 / 有機導体 / 電荷秩序 / ドメイン / ディラック電子系 |
研究実績の概要 |
層状有機導体α-(BEDT-TTF)2I3の電子系は低温で空間反転対称性が破れた電荷秩序絶縁相に相転移する。臨界圧力1.2GPa直下の弱い電荷秩序状態は、ギャップの開いた2次元Dirac電子系となり、有限のBerry曲率双極子による非線形異常Hall効果と電流誘起軌道磁化が発現することが予想されていた[T.Osada他,JPSJ89,103701(2020)]。しかし現実の系ではランダムに形成された2種の電荷秩序ドメイン間でこれらは相殺されてしまう。本研究では(1)電流誘起磁化を用いてドメイン均衡を破る「電流磁場中冷却法」の検証を行うと共に、(2)非線形異常Hall効果の顕在化させて実証することを試みた。初年度は(1)電流磁場中冷却の効果は確認できなかったが、(2)弱い電荷秩序状態での非線形異常Hall効果の観測には成功した。 本年度は(2)非線形異常Hall効果に関する実験を進め、Hall電圧が電流のBerry曲率双極子に対する向きに依存した異方性や非相反性を示すこと、電荷秩序強度を反映した温度・圧力依存性を示すことを実験的に確認した。そして有機導体分野における初めてのトポロジカル輸送現象の観測として和文解説記事にまとめた[固体物理57,227(2022)、日本物理学会誌77,233(2022)]。 初年度の(2)の成功は、実験では電流磁場中冷却なしに既にドメイン均衡が破れていたことを意味する。そこで(1)電流磁場中冷却について、圧力などの実験条件を変えることによって、(ドメイン境界に沿ったエッジ伝導や境界散乱を反映した)ドメイン配向度の違いによる電気抵抗の温度依存性における変化を調べた。しかし現状では電流磁場中冷却の効果による有意な抵抗変化は検出できていない。今後は急冷時などの残された条件下で電流磁場中冷却の実験を行いドメイン配向制御の検証を行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
有機導体の弱い電荷秩序相において、(1)電流磁場中冷却によって電荷秩序ドメイン間の均衡を破り、(2)非線形異常Hall効果を発現させる、という当初の実験目的に対し、(2)非線形異常Hall効果の観測という最終目標の達成には成功したが、(1)電流磁場中冷却によるドメイン制御については明確な効果は観測できていない。圧力等の条件を変えて検証実験を行ったが、急冷など他の実験条件を十分に尽くしたわけではない。 以上のように当初の課題(1)の電流磁場中冷却の効果の有無については、十分な実験条件が尽くされておらず、結論を下すことは現状では困難である。そこで「やや遅れている」と評価した。今後、研究を1年延長して取り組む予定である。 非線形異常Hall効果の実証は、その熱電アナロジーである非線形異常Ettingshausen効果の提案につながった。(本研究の趣旨とはやや離れるが)これは本年度、磁場中のトポロジカル熱電効果(量子熱電Hall効果)の研究へと発展している。これは予期せぬ順調な進展といえる。
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今後の研究の推進方策 |
次年度は今年度に引き続き、課題(1)の電流磁場中冷却の電荷秩序ドメイン配向制御に対する有効性の検証実験を行っていく。すでに本研究で確認された課題(2)の非線形異常Hall効果が発現する状況においては、電荷秩序状態のドメイン構造の均衡が破れ、ドメイン配向が生じていたはずである。しかしドメイン配向パターンに依存する抵抗変化が生じなかったのは、系が最安定なドメイン配向パターンに固定されていたことを示唆する。(1)を検証するためには抵抗変化が生じるように最安定とは異なるドメイン配向を持つ状態を実現する必要がある。そこでドメイン配向がガラス的に準安定なドメイン配向に凍結された状態を急冷条件下で探索する。この急冷実験下の結果を基に、電荷秩序ドメイン形成機構や電流磁場中冷却の作用機序についての知見を得る。
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次年度使用額が生じた理由 |
(1)電流磁場中冷却法によるドメイン制御の確認と(2)ドメイン配向下での非線形異常Hall効果の確認という2つの研究課題のうち、(2)は達成したが、(1)は条件を変えた実験(特に急冷実験)が不十分であった。そのため研究期間を次年度まで延長して実験を継続することにした。次年度使用額の大半(240万円程度)は、実験を担当する博士研究員を引き続き雇用するための人件費に充てる予定である。
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