大腸菌に対して、生物の利用能が少ない、あるいはほぼないと考えられる金属イオンを添加して長期間の培養を行った。この培養群から添加金属イオンの利用能を有する株の探索を行った。結果的には、明確な利用能を示す株は獲得できなかった。しかし、集団ゲノムの解析結果によれば、添加した金属イオンごとに固有の変異バイアスが存在する可能性が示唆された。特にEu添加群では、細胞膜の代謝に対する影響が広く出ていることが推定された。そこで、複数の膜安定性に関する実験的な検証を最終年度で積み上げた結果、Eu添加群は平均的には進化前の大腸菌群よりも細胞膜が不安定になっている可能性があるということがわかってきた。そこで、細胞膜流動性が向上したのではないかと考え、流動性に影響を及ぼす膜脂質の不飽和度を検証することとした。細胞膜構成成分についての分析を行ったところ、進化前の大腸菌群と比較して、不飽和脂肪酸の合成が抑制される傾向があることを見出した。飽和脂肪酸の含有量が多くなることで、細胞膜の安定性は向上すると考えられるため、予想とは反する結果となった。進化の過程で飽和度が上昇するメカニズムについては、添加したランタノイドが細胞膜脂質の過酸化を誘導することが知られており、その反応の対象が不飽和脂肪酸であると考えられている。したがって、脂質の過酸化物生成が大腸菌の生存に不利に働き続けた結果、選抜されて残ってきた集団が飽和脂肪酸の比率が高くなったのではないかと考えられた。本研究の動機は生命がいかに金属イオンを選択するのか、あるいは置換できるのか、という点を中心に進めてきたが、得られた結果から、金属に固有の細胞応答プロセスが見える結果となり、添加する元素によって進化の方向をある程度制御できる可能性が示唆された。
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