研究課題/領域番号 |
21K18817
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
長谷川 正 名古屋大学, 工学研究科, 教授 (20218457)
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研究分担者 |
佐々木 拓也 名古屋大学, 工学研究科, 助教 (70815787)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 金属炭化物 |
研究実績の概要 |
遷移金属の炭化物は,金属結合から構成される結晶格子内に炭素原子が侵入した結晶構造をとるものが多い.その特性として,高硬度・高融点・耐酸化性などの性質が挙げられる.これらの性質は,金属原子と炭素原子の共有結合性やイオン結合性に起因していると考えられ,電気伝導性や磁性,硬質性といった基礎物性から,実用材料まで幅広く研究が行われている.近年では,高温高圧下において,炭化物が形成されにくい後期遷移金属の炭化物を合成しようとする試みが始まっている.しかしながら,これらの報告では,金属と炭素(グラファイト)の混合粉末を原料としており,粉末同士の混合具合や粒子径などによっては,炭化物の生成反応が十分促進されない可能性がある.そこで2021年度は,予め炭素とFeが原子レベルで配位している有機金属錯体としてフェロセンを前駆体として利用し,新規Fe炭化物の合成を試みた.出発試料にはフェロセン粉末を用いた.高圧力発生装置として,ダイアモンドアンビルセルを用いた.予備加圧により圧痕をつけたステンレスガスケットまたはレニウムガスケットに穴を開け試料室とし,箔状に成形した試料を圧力測定用のルビーと共に圧力媒体のNaClで挟み込む形で充填した.室温で目的圧力まで加圧した後,30 GPaから70 GPaまでの圧力範囲において,波長1090 nmのファイバーレーザーをダイアモンドアンビルセル内の試料に照射することによって高温高圧合成に成功した.その後合成した試料を常圧に回収することに成功した.合成試料は,放射光を用いた高圧その場および常圧でのX線回折測定,高圧その場および常圧でのラマン分光測定,走査型電子顕微鏡‐エネルギー分散型X線分光法を用いて評価した.その結果,回収試料の材料組織・形態を明らかにするとともに相の同定を行った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
遷移金属炭化物は,従来は,遷移金属窒化物と同じ範疇の物質群として理解されてきた.近年,遷移金属の窒化物を数十GPa以上の超高圧力下で合成すると,多数の多窒化物を形成することが明らかとなった.これに対して,遷移金属の炭化物では,多窒化物に相当する化合物は,常圧で合成される2物質のみである.この事実は,従来の遷移金属の炭化物と窒化物の類似性を考慮すると,物質科学として極めて興味深い.そこで本研究では,独自の発想に基づく前駆体と超高圧合成システムを導入して,これまで発見されていない新しい遷移金属炭化物の創製に挑戦することを目的としている.2021年度では,フェロセンを前駆体として用いた実験を行った.ダイアモンドアンビルセルを用いて高圧レーザー加熱後,試料の高圧その場XRD測定を行った.XRDパターンからは,既知のFe-C系化合物及びFe-H系化合物では説明できない複数のピークが観測された.これらのピークは立方晶で指数付けすることができた.消滅則から,この結晶相はF格子であることが明らかとなった.また,これらのピークは減圧過程で消滅し,低圧においては,新たにbcc-Feでよく説明できるピークが観測された.このことから高圧下において合成された新規相が減圧過程で分解し,bcc-Feが生成したと考えられる.また,減圧過程における新規相の体積の圧縮挙動を既知のfcc-Feと比較したところ,新規相の方がより縮みにくくかつ,大きな格子体積を有していることがわかった.以上より,フェロセンの超高圧高温処理により,立方晶に属するFe-C-H系化合物が合成された可能性がある.このように,フェロセンという有機金属錯体を前駆体として利用し,世界で初めてダイアモンドアンビルセルを用いた新規Fe系炭化物の超高圧合成を行うことに成功するとともに,相安定性や圧縮挙動を明らかにした.
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今後の研究の推進方策 |
本研究では,独自の発想に基づく有機金属錯体という前駆体と超高圧合成システムを用いて,これまで発見されていない新しい遷移金属炭化物の創製に挑戦することを目的としている.2021年度では,有機金属錯体としてフェロセンを前駆体として用いた実験を行い,世界で初めてダイアモンドアンビルセルを用いた新規Fe系炭化物の超高圧合成を行うことに成功するとともに,相安定性や圧縮挙動を明らかにした.この結果を踏まえて,下記を研究の推進方策とする.まず,2021年度で得られた新規Fe系炭化物の精密な結晶構造解析を進め結晶構造を決定し,同物質の結晶化学を明らかにする.次に,フェロセン以外の有機金属錯体を前駆体として用いた実験を進める.研究手法は2021年度でフェロセンを前駆体として用いた実験と同様とする.例えば,ルテノセンなどの後期遷移金属を含む有機金属錯体などである.これらは,二窒化物を形成する後期遷移金属窒化物との比較の上においても学術上興味深くかつ重要な前駆体である.具体的な研究手法は以下のとおりとする.出発試料にはルテノセンなどの後期遷移金属を含む有機金属錯体の粉末とする.高圧力発生装置として,ダイアモンドアンビルセルを用いる.箔状に成形した試料を圧力測定用のルビーと共に圧力媒体のNaClで挟み込む形で充填する.室温で目的圧力まで加圧した後,30 GPaから70 GPaまでの圧力範囲において,波長1090 nmのファイバーレーザーをダイアモンドアンビルセル内の試料に照射することによって高温高圧合成を行う.合成試料は,放射光を用いた高圧その場および常圧でのX線回折測定,高圧その場および常圧でのラマン分光測定,走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X線分光法を用いて評価する.これらの結果と2021年度の結果を纏めて,超高圧下での遷移金属炭化物の相安定性について考察する.
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次年度使用額が生じた理由 |
研究期間の後半において,合成試料の評価に必要な走査型電子顕微鏡の故障が発生した.研究の進捗と結果には大きな影響はなかったが,一部の試料については,試料の形態や材料組織,組成分析などの調査ができず,故障前の研究成果を踏まえた次段階の実験を次年度に行うこととなった.そのため,次年度の使用額が生じた.走査型電子顕微鏡を至急修理して,今年度の後半に行う予定であった合成実験と評価実験を行うために使用する計画である.
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