遷移金属の炭化物は,金属格子内部に侵入する炭素固溶量や,母構造となる金属原子種に応じて様々な組成の化合物を形成することが知られている.その特性として,高硬度・高融点・耐食性等が挙げられ,これらの性質を活かした材料研究から,電気伝導性,磁性,硬質性といった基礎物性研究まで幅広く研究が行われている.近年では,常圧下では炭化物を形成しない後期遷移金属の炭化物が高圧合成法によって初めて合成され注目を集めたが,結果の再現性などの問題点が指摘されている.そこで,本研究では,予め炭素と金属が原子レベルで配位している有機金属錯体を用いて,炭化物の新たな合成手法の確立,新規8族遷移金属炭化物の合成および相形成の解明を目指した.ルテノセンを前駆体として約30 GPaで高温高圧合成を行ったところ,加熱後の室温高圧その場XRDパターンからは既知の物質では説明できない新規な立方晶相が観測され,消滅則からfcc構造であることが示唆された(fcc1).fcc1は3-6 GPaの範囲で完全に消滅し,fcc1より格子体積の小さな別のfcc相(fcc2)とhcp相に分解した.RuHxは減圧に伴いRuとH2に完全に分解すると報告されており,合成されたfcc相の格子中には炭素が固溶している可能性が考えられる.そこで,fcc2とhcp相の圧縮特性を調べたところ,2相ともにRuより大きな体積弾性率を示すことがわかった.以上のことから,fcc1はRuのfcc格子中に炭素と水素が固溶したRuCxHyであり,減圧に伴いRuCz(fcc),RuCz(hcp),H2に分解したと推察される.常圧下に回収されたRuCz(fcc)は,Ruのfcc格子内に炭素が固溶することで,fcc構造からhcp構造への相転移において原子面のすべりが阻害され,室温大気圧下に準安定的に回収されたと考えられる.
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