本研究の目的は、分子のキラリティに由来する巨大なスピンフィルター効果の微視的なメカニズムを解明するため、ローカルプローブであるスピン偏極走査トンネル顕微鏡(STM)を用いて、分子のキラリティとスピン偏極度の相関を明らかにすることである。 昨年度、STMによる表面構造観察から分子のキラリティを同定することができる試料 Au(110)基板上のD-システインダイマーとL-システインダイマー を作製し、Coを蒸着したW探針を用いて、スピン偏極度を判別することができるスピン偏極STM測定を行った。その結果、システインダイマー上で測定したdI/dVスペクトルは磁場依存性を示さず、予想に反しシステインを通ってきた電子はスピン偏極していないことがわかった。今年度は、システインのスピンフィルター効果の有無をさらに調べるため、システインを強磁性体基板に蒸着し、非磁性の探針を用いてSTM測定を行った。具体的には以下の項目に取り組んだ。 (1)システイン/強磁性体試料の作製 面直磁化を示すCu(111)基板上のCoアイランドを強磁性体基板として用いた。室温でCu(111)基板にCoを蒸着し、続けてD-システインのみを蒸着した。STMによる表面構造観察から、Coアイランド上にシステインが吸着しているのを確認した。 (2)キラル分子のSTM測定 上記(1)で作製した D-システイン/Coアイランド において、非磁性のW探針を用いてSTM測定を行った。システインがスピンフィルター効果を示す場合、Coアイランドの磁化方向に依存してシステインを通ってくる電流が変化すると予想され、その変化を非磁性の探針でも検出できるはずである。Coアイランドは面直磁化をもち1~2T程度の外部磁場でその磁化方向を反転できることが分かっているので、外部磁場を印加してSTM測定を行ったが、トンネル電流に変化は生じなかった。
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