本研究は抗血栓作用をもつ新しい材料の探索・合成を主目的としている。前年度は、抗血栓作用をもつ酸化鉄(Fe3O4 マグネタイト)製膜時の密着性を向上するために、バッファ層として酸化コバルト(CoO)の作製を行った。しかしながら、製膜したCoO薄膜はピンセットで容易に剥離し、大きな課題であった。様々な研究調査の結果、今年度はCo合金製の体内留置型のステントではなく、生体吸収性を有するステントへの抗血栓作用膜の成長を試みた。生体吸収性材料としてはマグネシウム(Mg)が候補の一つになるが、Mg製ステントへの抗血栓材料の製膜のためには、Mg表面に発生している自然酸化膜(MgO)の制御が大変重要である。一方で、抗血栓作用をもつFe3O4とMgOは同じ立方晶で同じ点群(m3m)に属する結晶であるため、MgOはバッファ層として相性が良い。しかしながら、MgO薄膜の成長速度は大変小さく、かつ結晶成長には800℃近い高温を要するため、出来るだけ成長速度を向上させて、ステント母材への高温の影響を低減させる必要がある。そのため、成長速度が大きいZnOとの混晶であるMgZnOを作製する事が有効であるが、ZnOは六方晶系の結晶構造をもつため、そのままMgOとの混晶を作製するとZn組成が高い組成領域では六方晶となり、立方晶のFe3O4膜との格子定数差が大きくなる。そこで、立方晶を維持したままMgZnOを作製する必要がある。今年度は、ミストCVD法の特徴を生かして組成が成長方向に変化する多重バッファ層の開発に成功し、この新しいバッファ層を用いる事でZn濃度56%で岩塩構造をもつMgZnO薄膜の作製に成功した。この結果は、将来的には生体吸収性をもつMg製ステントへの高密着性抗血栓材料(Fe3O4)の製膜の実現に向けた重要な成果となった。
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