走査型トンネル顕微鏡(STM)は、物質表面の原子配列を観察するだけでなく、表面に吸着した原子や分子一つひとつを動かす用途に使うことができる。STMを使って原子や分子を規則正しく並べたいわば「人工格子」を作ると、その吸着物の配列に応じて表面電子状態を変化させることができる。しかし、原子・分子操作の研究のほとんどは貴金属単結晶基板上で行われており、表面に特殊な電子状態を作ったとしても、物性は金属基板のバルク特性で決まってしまう。そこで本研究では表面の電子状態だけが巨視的な物性を支配する原子層物質に着目し、表面に吸着した原子や分子の操作により表面電子状態を変調し、超伝導転移温度をはじめとした物性の制御を実証する計画であった。 本目的を達成する実験には、品質の良い原子層物質として、シリコン基板上のインジウム二重層物質を用いる。フラッシングにより清浄化した Si(111) 基板上へのインジウムの真空蒸着と、蒸着後の熱処理により、単一の相が得られる。これまで Si(111) 清浄化の条件、真空蒸着時間、およびその後の熱処理条件を変えながら最適条件を調べていたが、欠陥が多い試料しか得られていなかった。そこで、これまでインジウム蒸着に使用していた電子ビーム加熱式エバポレーターのかわりにモリブデン箔を丸めた簡易のルツボを通電加熱する方式を試したところ、ほとんど無欠陥の試料を得ることに成功した。 また、試料表面の原子・分子は、温度上昇とともに拡散し、クラスターを形成してしまう。これを防ぐためには試料を冷却した状態で操作用の原子を蒸着し昇温させることなくSTM ヘッドに搬送する必要がある。これを実現するため、試料を液体ヘリウムフローで冷却した状態で真空蒸着を行うための低温マニピュレーターと専用の真空チャンバーを製作した。
|