研究課題/領域番号 |
21K18972
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
栗原 正人 山形大学, 理学部, 教授 (50292826)
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研究分担者 |
石崎 学 山形大学, 理学部, 講師 (60610334)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | 配位高分子 / プルシアンブルー / 水和 / 発電 |
研究実績の概要 |
本研究では、水の状態変化で生じる潜在的なエネルギーを電気エネルギーとして外部に取り出すことができる機能性薄膜の探索を目的とした。これまで、マイクロ流路を有する薄膜において、そのゼータ電位を利用することで電気二重層(EDL)発電が可能であることが分かっている。水が液体状態から気化することによりマイクロ流路で水が一定方向に移動するエネルギーが電気エネルギーに変換される。このEDL発電はNaClなどの塩が溶解すると、発電能力が急激に低下してしまう。一方で、配位高分子であるプルシアンブルー(PB)ナノ粒子緻密膜をガラス基板上に作製しNaCl水溶液に浸漬させると、純水に比べ、大きな起電力が発生することを見出した。本年度は、その従来と異なる起電力の発生機構を明らかにすることを具体的な目的とし実験を進めた。フェロシアン酸ナトリウムで表面修飾したPBナノ粒子の水分散液をガラス基板に塗布することでPBナノ薄膜を作製した。その薄膜の上下に炭素電極形成し、下端を塩化ナトリウム水溶液に浸すことで、定常的に起電力が発生するセル構造とその条件の最適化を進めた。PBナノ薄膜は100℃加熱により粒子同士が接合した緻密膜に変化する。また、ガラス基板表面を予めアミノプロピルトリメトキシシランで修飾することで、均一なPBナノ薄膜の作製と塩化ナトリウム水溶液中でのガラス基板からの膜剥離を抑制することができた。塩化ナトリウムの濃度は0.1 Mで統一し、その水面から上部電極までの距離(d)を変化させることで発生する起電力を系統的に調べるための測定法を開発した。結果、明らかに距離dに依存して起電力が変化することを見出した。例えば、dが1 cm以上になると起電力が消失してしまうが、数mmでは40 mVの起電力を生じた。また、この起電力発生は、上部電極が負極として機能していることも明らかできた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究実績の概要でも示した通り、PBナノ薄膜による定常的な起電力の発生は、塩化ナトリウム水溶液面から上部電極までの距離(d)によって大きく依存することが分かった。これは、従来のマイクロ流路を有する薄膜とは異なる発電機構であることを想像させる。PBナノ薄膜は配位高分子特有のナノ細孔を有していること、また、ナノ細孔内には表面修飾したフェロシアン酸イオン由来のナトリウムイオンを内包(出し入れ)できる。ナトリウムイオンは細孔内で水分子と一部水和した状態で存在している。その水和数は外部の湿度環境に依存して変化する(低湿度下では、水分子を外部に放出して水和数が低下する)。これらの事実と、電池の極性において、上部電極が負極であることから、ナノ細孔内に存在するナトリウムイオンの水和状態の違いが、PBナノ薄膜の起電力発生の起源である新しい機構を提案するに至った。つまり、大気中の露出したPBナノ薄膜部分では、水分子を放出しナトリウムイオンの水和数が減少した結果、ナトリウムイオンはPB骨格とより強く静電的に相互作用し、PBの還元状態であるプルシアンホワイト(PW)状態をより安定化させる。一方で、塩化ナトリウム水溶液に浸かっているPB骨格はナトリウムイオンと相互作用が弱く、塩化物イオンとの相互作用が加わり、PBの酸化状態であるプルシアンイエロー(PY)状態をより安定化させると考えられる。結果、上部電極側が負極として起電力が発生する。PWとPYは電気伝導相であるが、PBは絶縁相である。よって、PWとPY状態は、中心部の絶縁相(エネルギー障壁)で電荷分離が保持される、いわゆる、半導体のp/n接合に類似した状態が形成さていると考えられる。よって、水分子の持つ大きな水和エネルギーを電気エネルギーとして外部に出力させることができる新しい発電機構の発見を想起させる。
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今後の研究の推進方策 |
ナノ細孔内のナトリウムイオンの水和状態の変化が起電力発生の起源である新しい機構の提案を行った。一方、定常的な起電力の発生には、持続的なエネルギー変換機構が必要になる。低水和状態で安定化した上部PWから下部PYへ電子が移動し、PBに戻ると、ナトリウムイオンは高い水和状態を回復しようして、水分子を下部から移動(揚水)する力が働く。熱エネルギーを受け取り水分子が外部環境に放出され、ナトリウムイオンが低水和状態に戻る。この繰り返しで熱エネルギーが水和状態の変化を促し、定常的に起電力が生じると考えられる。この機構では、塩化ナトリウム水溶液面から上部電極までの距離(d)が長くなると、ナノ細孔内への揚水が困難になり、起電力がdに大きく依存したと推測している。このように推定した機構に基づき、以下のように実験計画する。(1) PBナノ薄膜を部分的に化学的または電気化学的に還元し、ナトリウムイオンを強制的にナノ細孔内に含有させる。その結果、電子移動を担うキャリア数を増やすことができる。(2) PBナノ薄膜の膜厚をこれまでのサブミクロンからミクロンサイズまで増大させ、電子移動を担うキャリア数を増やす。(3) 集電極の面積を大きくする。この場合、外部環境の変化に応答できる物質透過型電極である単層カーボンナノチューブ薄膜を利用する。一方で、集電極を大きくすると、距離dも大きくなるため、トレードオフの関係が現れると考えられるため、その系統的な調査を進めるとともに電極構造の改善を併せて進める。(4) 上部電極からの水の蒸発速度を制御する。特に、黒色の単層カーボンナノチューブ薄膜は光吸収して熱を発生するため、光照射も水の蒸発を促す働きがあると期待される。(5) PBナノ薄膜内にキャピラリー効果で揚水を促進させる構造を設ける。(6) 上限電極を異なる物質で構成させ、仕事関数の違いによる起電力発生を促す。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響で、学会等への出張を自粛したため。 残額は、翌年度に旅費として使用する計画である。
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