研究課題/領域番号 |
21K19002
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田中 一生 京都大学, 地球環境学堂, 教授 (90435660)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 共役系高分子 / 近赤外 / 発光 |
研究実績の概要 |
本研究では、狭エネルギーギャップ構造を実現するために、従来の基本戦略である「共役系拡張」を用いない新戦略の確立を目的とする。具体的には「孤立LUMO」を有する骨格炭素をアザ置換し、LUMOのエネルギー準位を選択的に引き下げることで狭エネルギーギャップ化する機構の確立を図る。目的の実現のため①固体近赤外発光の実現とメカノクロミズム応用、②意図的な孤立LUMOの創出と共役系基本骨格の近赤外発光化を行う。本研究終了時には、「π共役系拡張」とは独立の電子軌道分布より理論的に狭エネルギーギャップ化する新戦略を提示できる。また、本戦略による長波長シフトが刺激応答性の鋭敏化に有効であることを示し、近赤外光の新しい有用性を提案する。さらに、低分子量近赤外発光色素、近赤外固体発光性色素、近赤外メカノクロミズム発光色素、塗布型有機EL用近赤外発光フィルムという従来のπ共役系拡張では合成が困難な物質の創出も図る。この目的のため、初年度は主に①について研究を進めた。 π共役系の炭素を電気陰性度の大きい窒素に置換(アザ置換)すると、最高被占軌道(HOMO)と最低空軌道(LUMO)が安定化され両方のエネルギー準位が下がる。ここで、ある種の骨格における炭素上にはHOMOは存在せずLUMOのみ認められる。本研究ではこの軌道のローブを「孤立LUMO」と呼ぶ。最近申請者は孤立LUMOでアザ置換するとLUMOの選択的な引き下げを見出した。そこで初年度は、この孤立LUMOのアザ置換による選択的引き下げを体系化し、狭エネルギーギャップ化の新戦略として確立することを目指した。 具体的には、予備検討で見出されていた高分子の側鎖に置換基を導入し、特にフェニル体では孤立LUMOへのアザ置換により発光極大波長が150 nm長波長側にシフトできた。また、類縁体を合成し、発光波長と固体発光効率が見出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
1. 固体近赤外発光の実現:拡張π共役系を持つ分子は、分子間相互作用に起因する濃度消光のため、一般的な有機発光色素と同様に固体発光性が失われ易い。本手法では共役を拡張しないため、固体発光色素の機能を維持しつつ近赤外発光の導出が期待される。そこで本研究テーマでは、これまで得られた固体発光効率96%の分子を基盤とし、孤立LUMOでアザ置換した分子を合成し、近赤外発光固体発光性を得ることを目指す。今回得られたフェニル体では孤立LUMOへのアザ置換により発光極大波長が150 nm長波長側にシフトできた。現在、類縁体を合成し、発光波長と固体発光効率の最大化を図っている。 2. メカノクロミズムの鋭敏化:力を加えると発光色が変わる(メカノクロミズム発光)色素は、負荷の履歴を無電源で半永久的に記憶するセンシング材料として有用である。近赤外領域で発光色変化が得られれば、製品の内部でも検知が可能となるため、応用性が拡がる。一方、従来の近赤外発光色素は濃度消光を受け易く、固体発光性付与のため置換基導入を行うと応答性が失われるという原理上の困難がある。そこでπ共役系の拡張をせずに長波長シフトが可能である本手法の利点を活かし、近赤外発光メカノクロミズム色素の開発を目指した。例えば、可視光領域の400 nmでは10 nm程度の変化だが、近赤外領域の700 nmでは50 nmに拡大する。すなわち、近赤外領域では小さな分子のエネルギー変化でも大きな幅の発光波長のシフトとなることが物理学的には予想でき、高感度化が期待できる。本テーマではこのアイデアを本研究で体系化する。 具体的にはいくつかの化合物群でアザ置換前後の分子の結晶を破砕してスペクトル変化を調べた。現在、フェニル体ではアザ置換体のみ15 nm程度のメカノクロミズム発光が見られ、アイデアの妥当性が支持されている。引き続き他の分子でも検証を重ねる。
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今後の研究の推進方策 |
次年度はまず、これまで得られた成果の体系化を念頭に、様々な分子骨格で同様の効果が得られるかを調べる。固体発光性材料の開発においては、引き続き共役を拡張しない固体発光色素を設計し、近赤外発光性を評価する。固体発光効率96%の分子を基盤とし、孤立LUMOでアザ置換した分子を合成し、近赤外発光固体発光性を得ることを目指す。メカノクロミズムの鋭敏化の研究では、近赤外領域では小さな分子のエネルギー変化でも大きな幅の発光波長のシフトとなることが物理学的には予想でき、高感度化が期待できることから、このアイデアを本研究で体系化する。 次に、孤立LUMOの創出と共役系基本骨格の近赤外発光化 孤立LUMOを意図的に創り出し、既存のπ共役分子を近赤外発光色素化することを目指す。ベンゼン環のパラ位の炭素をアザ置換すると、縮退していたLUMOのエネルギーが引き下げられ、孤立LUMOが得られる。さらにホウ素化でもう一段階の狭ギャップ化と近赤外発光性の付与が予想できる。実際、予備検討で720 nmの発光が得られ、本手法の妥当性が支持された。 具体的には、目標の分子を合成し、本手法の一般性を示すと共に、バイオプローブとして有用性の高い低分子発光色素を開発する。さらに、塗布型有機ELで発光層として汎用されているPPV(発光極大:570 nm)やPP(450 nm)にも適用し、均一なフィルムを得ることで塗布型近赤外有機EL実現に向けた基盤材料開発につなげる。従来の「共役の拡張」における分子の巨大化に伴う問題の解決のみならず、相乗的にさらなる長波長化も期待できる。また、刺激応答性の鋭敏化は近赤外光の新しい利用法であり、独創性の主張点である。低分子量の色素、固体発光性色素、近赤外発光性フィルムは有機電子素子開発やバイオテクノロジー分野でニーズが高く、即戦力的な応用も期待できる。
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