研究課題
生物は、高分子の一次構造をもとに高次構造を組み上げ、その構造転移を通じて会合-解離の平衡を動かし、機能を創発、ついには生命の営みにつなげている。一方、現在の物質科学は、高分子集合体の高次構造を意図して組み上げることまでできているものの、それを構造変換することに踏み込めていない。本研究では、正電荷性連鎖と中性連鎖からなる高分子を使って一本のDNAに多様な高次構造を作らせ、その高次構造を電荷密度の調節によって変換、その効果を転写活性の制御として結実させる事に挑戦する。これにより「高次構造の変換-機能創発」を高分子科学的に再現し、生命活動の源とも言える遺伝子発現プロセスの作動原理を物質科学的に理解していく端緒を得る事を目的としている。そのために、ゲノムに見られる超らせん構造を有するDNAとしてプラスミドDNA(pDNA)を取り上げ、合成高分子を使って一本のpDNAを折りたたみ、高次構造を作らせることを行う。これをヌクレオソームのモデル系としてその高次構造の変換を試みる。合成高分子として、ヒストン-DNA間の相互作用に重要な役割を果たしているリジン残基を重合したポリ-L-リシン(PLL)に、PLL/pDNA複合体を二次会合させずに水和させるための親水性高分子ポリエチレングリコール(PEG)を結合させたブロック共重合体PEG-PLLを設計した。初年度は、PEG-PLLブロック共重合体を合成する環境整備ならびにPLLおよびPEG連鎖の分子量の異なる種々ブロック共重合体の用意を完了した。2022年度は、PEG-PLL/pDNA複合体を調製、その高次構造を原子間力顕微鏡を用いて観察する手段を構築した。また、PLL鎖の電荷密度をその場で減少させる条件検討を進めた。
2: おおむね順調に進展している
初年度は、高分子合成の環境を整えるとともに、PLLおよびPEG連鎖の分子量が異なる一連のブロック共重合体を用意した。PEG-PLL/pDNA複合体の高次構造は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて観察する系を確認した。当初計画では外部機関にある透過型電子顕微鏡(TEM)を用いる予定であったが、空間分解能という点でTEMに及ばないものの当研究室保有のAFMで十分に高次構造を判別することが可能であることを確認した。2022年度には、種々PLLおよびPEG連鎖の分子量の異なるブロック共重合体を用いて複合体の高次構造を観察し、PLL電荷数と複合体高次構造との関係を理解した。本研究では、複合体におけるPLL鎖の電荷密度をその場変換させることを第1の目標として設定しているが、その事前確認事項としてPEG-PLL水溶液に対し、pHを中性付近に保ったままPLL電荷を減らしていく反応条件の検討を開始した。この確認はNMR法を用いる計画であったが、当研究室のNMRが使用不可となってしまったため外部機関を利用することとした。このため実験進捗に影響が生じ、現時点でPLL電荷数の減少法を確立するに至っていないが、当初計画を着実に進められていることから、概ね順調に進んでいると判断した。
PEG-PLL/pDNA複合体の高次構造をAFMで観察する系を確認したが、それを担当した技術員が移動したため、新たな人材に対し技術移転を進める。特に、水中における複合体の高次構造変化を直接捉えられることが可能な液中観察技術の確立を試みる。並行して、中性pHにおいてPLL鎖の電荷の一部を消去する反応条件の確立を目指す。現在、化学的にアミノ基を変換させることに取り組んでいるが、想定通り進まない場合は、酵素を使った生物的手法に切り替える。期待通り電荷密度の調節に成功すれば、pDNAとの複合体に対して適用し、高次構造の変換が実現されるか試行する。さらに、高次構造変換前後で転写活性を評価する。これにより、「DNA複合体の高次構造の変換-転写活性制御」を高分子科学的に再現し、生命活動の源とも言える遺伝子発現プロセスの作動原理を物質科学的に理解する端緒を得ることを目指す。
高分子の特性解析に用いるNMRが期間途中で使用不可となったため外部機関で計測することとした。これにより、高分子の電荷密度を変換する方法論の確認が遅れ、続くDNA複合体の高次構造を動的変換出来るかを確認する実験が後ろ倒しとなった。そのため外部機関の透過型電子顕微鏡利用にかかる経費が不要となった。2023年度に、当年度請求分1,600,000円と合わせてDNA複合体の高次構造動的変換の確認を行う。
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Journal of Controlled Release
巻: 347 ページ: 607-614
10.1016/j.jconrel.2022.05.030
巻: 352 ページ: 328-337
10.1016/j.jconrel.2022.10.032