研究課題/領域番号 |
21K19150
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
北岡 卓也 九州大学, 農学研究院, 教授 (90304766)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | ナノセルロース / キチン・キトサン / 構造多糖 / 界面修飾 / 多孔質フォーム / 細胞培養基材 / 細胞生育環境 / 細胞組織工学 |
研究実績の概要 |
林産系ナノ素材として注目の樹木由来セルロースナノファイバーや水産資源のキチンナノファイバーは、明確な固体界面構造を持つ“人工合成不可能な”希少ナノマテリアルとしてのポテンシャルを秘める。本研究では、細胞外マトリックスアナログとしての天然多糖の構造特性に着目し、「糖鎖界面」と「ナノ繊維形状」の両面で細胞生育環境の制御に挑んだ。初年度は以下の研究成果を得た。 【ナノセルロースの界面カルボキシ化による細胞接着性の付与】バイオイナートなセルロースは医療材料として有用であるが、細胞接着性がないため細胞培養基材には利用できない。しかし、TEMPO酸化法により、ナノセルロース結晶表面に規則的にカルボキシ基を導入することで、導入量依存的な細胞接着性の向上にはじめて成功した。 【ナノセルロースとナノキチンの組み合わせによる細胞遊走制御】キチン・キトサンの創傷治癒効果はよく知られているが、これは細胞接着性とトレードオフの関係にある。ところが、TEMPO酸化ナノセルロースと複合膜を形成すると、細胞接着性と細胞遊走性の双方が著しく高まる現象を見出した。 【ピッカリングエマルション鋳型法による多孔質基材の開発】多糖ナノファイバーの両親媒性を活かしてピッカリングエマルションを形成することで、ナノファイバーネットワークからなる多孔質フォーム状の細胞培養基材を開発した。ヒト肝ガン細胞をフォーム内部で培養したところ、解毒酵素活性が10倍以上増幅する現象を見出した。多糖ナノファイバーで細胞を包むことによる生体機能の発現といえる。 生体内の細胞外マトリックスのナノ形状と界面構造を模倣可能な林産・海産資源由来の多糖ナノファイバーを駆使することで、細胞生育環境に働きかける様々な現象を見出した。これらは、培養基材側の材料設計で培養細胞の生体機能を制御できるバイオアダプティブ基材として有用であり、今後、さらなる研究展開を図る。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
林産・海産資源由来の天然多糖を従来型のバルク素材としてではなく、最先端の医工学材料として機能設計する本課題の挑戦により、天然構造多糖ナノファイバーのバイオアダプティブ特性を数多く見出すことに成功した。表面官能基化のバリエーションにも富み、表面硫酸化や表面リン酸化にも展開している。得られた成果をドイツ化学会の材料系高級誌Advanced Functional Materials(IF=18.808)などに発表しており、当該分野で極めてインパクトの高い成果と認められる。間葉系幹細胞の培養にも着手しており、硬さの異なるゲル基材上およびゲル中での細胞培養にも成功していることから、バイオプリンティングへの応用も期待される。以上の結果は、天然構造多糖のナノマテリアル研究に大きく寄与する研究成果であり、詳細な機構解明とさらなる展開が大いに期待されることから、当初の計画以上に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
研究初年度は、入手が容易なセルロースナノファイバー、キチン・キトサンナノファイバーを主に用いて研究を進めたが、細胞外マトリックスの構造アナログの観点からは、表面アセチル基や表面硫酸基は重要な構成要素である。今後、位置特異的官能基化などにより、マテリアルのバリエーションを増やす。間葉系幹細胞をはじめとする幹細胞の分化制御・未分化維持の検討には、詳細な遺伝子発現挙動解析が重要であり、既にいくつかのマーカー遺伝子の解析準備を進めている。単なる細胞接着・増殖促進のみならず、培養幹細胞の分化・未分化の状態を詳細に把握し、細胞周辺環境をナノ物性の観点で精査することで、“細胞生育環境”を定義できる構造因子を見出す。これにより、再生医療に必須の細胞培養基材開発に新しい視点や戦略を提供することができる。将来的には無血清培養など、さらにチャレンジングな課題を念頭に、挑戦的研究(萌芽)にふさわしい成果を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度予定していた実験は全て実施し、予算も消耗品として大部分を消化した。新型コロナウィルス感染症拡大の影響を受け、国内外の出張がほぼ実施できなかったため、20%程度の予算が次年度に繰り越しとなったが、研究全体に大きな影響があったとは考えていない。次年度は、遺伝子解析実験やプライマリー細胞を用いる幹細胞培養実験など、比較的高額な生化学系試薬類の支出が増えると見込まれるため、本年度の残予算を有効活用することで研究を加速させたい。2年目となる次年度は、新型コロナウィルス感染症も沈静化すると期待されることから、積極的に国内外での学会発表を計画する。残予算の一部は当該旅費支出にも充当する。いずれにしても研究は極めて順調に進行しており、適切な研究費の執行を通じて、挑戦的研究(萌芽)にふさわしい成果を目指す。
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