研究課題/領域番号 |
21K19167
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
橋本 渉 京都大学, 農学研究科, 教授 (30273519)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 細菌走化性 / アルギン酸 / ペクチン / バイオ燃料 / 食品廃棄物 / X線結晶構造解析 |
研究実績の概要 |
アルギン酸は褐藻類(コンブやワカメ)の細胞外に多量に分泌される多糖であり、ペクチンは植物細胞壁を構成する主要な多糖の一つである。褐藻類の加工残渣や柑橘類の果皮は食品廃棄物として利活用が求められている。本研究では、アルギン酸とペクチンに対する資化性と走化性を示すSphingomonas属細菌A1株を対象として、生育の初発であるアルギン酸とペクチンの認識、およびそれに伴う走化性発現に関わる分子機構を解明し、細菌走化性を活用した食品廃棄物の資源化を目的とする。今年度は以下の成果を得た。 ペクチン認識タンパク質として同定されたSPH1118のペクチン結合性を、多糖、オリゴ糖、構成単糖を用いて紫外吸収差スペクトルで評価した結果、糖の鎖長が長くなるにつれて、強固に結合することがわかった。 SPH1118の立体構造をX線結晶構造解析で高分解能で決定した。本タンパク質はNとC末端の二つのドメインから構成され、両ドメインの間には基質が結合する大きなクレフトが存在した。鎖長の異なるオリゴ糖基質を用いて、SPH1118の基質結合体の構造を決定した。その結果、本タンパク質は基質の有無により二つのドメインを開閉し、基質結合に伴い閉じた構造をとることが明らかになった。また、そのドメイン開閉度は基質サイズに応じて変化させることが判明した。 アルギン酸認識タンパク質を同定するため、紫外線または変異剤によりA1株にランダム変異を導入し、アルギン酸走化性欠損株を育種した。 A1株が褐藻類藻体に対しても資化性と走化性を示すことを見いだし、エタノール生産性を付与したA1株を用いることにより褐藻類からバイオエタノールを生産できることを明らかにした。その際、培地に含まれる最適な褐藻類藻体の濃度を決定した。 以上のことから、ペクチン走化性発現の認識(トリガー)タンパク質として機能するSPH1118の機能と構造を明らかにし、褐藻類からのバイオ燃料生産の可能性を示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ペクチン認識タンパク質SPH1118遺伝子破壊株では、ペクチン走化性が欠失し、ペクチン資化性も低下する。つまり、細胞表層局在性のSPH1118はペクチンの走化性と資化性に関わるトリガータンパク質として重要である。SPH1118遺伝子のゲノム座位と相同性解析により、本タンパク質は基質と結合した状態で、走化性受容体との相互作用により走化性を発現し、ABCトランスポーターとの基質授受により資化性発現に関わると考えられる。本研究により、本タンパク質が高分子多糖のペクチンに対して強い親和性を示す一方、低分子化されたオリゴ糖にも弱いながらも結合することが明らかになった。この特性は、柑橘類の果皮に多く含まれる高分子多糖ペクチンを認識し、資化することに好適であることが実証された。 X線結晶構造解析によるSPH1118の構造機能相関の解明により、本タンパク質は基質サイズに応じてドメインの開閉度を変化させることがわかった。これまでに、多数の基質結合タンパク質の構造機能相関が明らかにされているが、基質サイズに応じてドメイン開閉度を変化させる例は知られていない。このSPH1118の特異的な構造はペクチンの鎖長に応じた基質親和性の強弱を、延いては、ペクチン走化性と資化性の二機能性を効率よく制御している可能性が考えられる。 褐藻類藻体からバイオエタノールを生産できることが示され、食品廃棄物として処理される加工残渣の有効活用への途を拓いた。 これらの結果は、当初の計画以上の成果として、走化性と資化性の二機能性に関わる基質結合タンパク質のドメイン開閉度が細胞生理を制御する可能性を示す学術的基盤の確立につながるものである。また、褐藻類藻体からのバイオ燃料生産は食品廃棄物の資源化に重要な視座を与える成果と期待される。
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今後の研究の推進方策 |
アルギン酸とペクチンに対する走化性発現に関わる分子機構を解明し、細菌走化性を活用した食品廃棄物の資源化を目指すため、以下の方策で本研究を推進する。 野生株とアルギン酸走化性欠損株の比較ゲノム解析を行い、アルギン酸認識タンパク質の候補遺伝子群を選抜する。当該各遺伝子破壊株を育種し、そのアルギン酸走化性を評価する。アルギン酸走化性が欠失した遺伝子破壊株に対して、当該野生株遺伝子を導入した相補株を育種し、その走化性を評価する。この遺伝子破壊株と相補株の一連の解析結果に基づいて、アルギン酸認識タンパク質を同定する。本タンパク質の構造機能相関をX線結晶構造解析により決定することにより、ペクチンに加えて、アルギン酸走化性発現に関わる分子機構を明らかにする。両者の分子機構の類似点と相違点を明らかにするとともに、これらの分子機構を細菌ゲノムデータベースに照合し、細菌における走化性分子機構の普遍性の有無を評価する。 A1株はアルギン酸のみならず褐藻類藻体に対しても走化性を示す。また、柑橘類果皮にも走化性を示す予備的成果が得られている。そこで、藻体や果皮の種類や濃度等を変化させて、A1株の走化性発現を評価する。これらの実験結果を精査し、褐藻類藻体や柑橘類果皮等の不均一な材料(食品廃棄物)に対する走化性発現を実証する。 褐藻類藻体と同様に、エタノール生産性A1株を用いて、柑橘類果皮からのバイオエタノール生産を評価する。さらに、エタノール生産性A1株に走化性を付与し、アルギン酸、褐藻類藻体、ペクチンならびに柑橘類果皮を対象として、走化性依存的なバイオ燃料生産の高効率化を目指す。 これらの研究成果を取り纏めて、食品廃棄物の再資源化を図り、持続可能な開発目標SDGsの達成の一助となることにつなげる。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、各種学会がオンライン開催となった。また、緊急事態宣言の発出により、実験室での作業が制限されたため、実験補助員の採用を見送った。そのため、旅費と人件費の支出が必要でなくなり、次年度使用額が生じた。次年度に当該使用額を物品等の購入に充当し、本研究課題の円滑な遂行に活用する。
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