鉄は酸素の運搬に必須の役割を果たしているのみならず、酸化還元反応を触媒する一連の酵素群に必須の金属である。鉄分の不足は鉄欠乏性貧血を招く。まだ逆に、輸血等による鉄の過剰摂取は鉄過剰症の原因となる。DNA/ヒストンの化学修飾によるエピジェネティック制御は、発生や分化の様々な局面で重要な役割を果たす。なかでもDNA/ヒストンのメチル化・脱メチル化は、ゲノムインプリンティングの確立と消去に必須の役割を担っている。加えて私たちは、マウス胎仔の性決定にヒストンの脱メチル化やDNAの脱メチル化によるエピジェネティック制御が重要であることを明らかにしてきた。 DNAやヒストンの脱メチル化を触媒する酵素反応(酸化反応)には、二価鉄(Fe2+)が必須である。私たちはごく最近、培養細胞では、DNAとヒストンのメチル化が培地中の鉄量に依存して変動することを見出した。この現象は、DNAの脱メチル化に関わるTetファミリー分子、およびヒストン脱メチル化酵素であるJmjCドメインファミリー分子の活性が、培地に含まれる鉄量によって律速されることを意味する。さらにこの実験結果は、生体内においても、鉄の不足や過剰な状態は細胞のエピゲノムを変えうることも容易に連想させた。胎仔(児)期におきる性決定やゲノムインプリントの消去には、上記のエピゲノム酵素群が深く関与する。このような知見に基づき、妊娠期の母体の鉄の代謝変動が胎仔エピゲノムに及ぼす影響を、マウスモデルで検証した。本研究では、妊娠期に鉄キレート剤を投与した母親に由来する産仔から生殖細胞を単離し、エピゲノム結解析を行った。その結果、本来精子で脱メチル化されているべき遺伝子座に、DNAメチル化が一部残存していることが明らかになった。
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