一倍体細胞は遺伝子編集が容易で細胞工学ツールとして利便性が高いが、動物種では細胞分裂を司る中心体の複製が不全となるため、著しい染色体不安定性が生じ、汎用性を妨げている。本研究では、中心体複製進行をモニターし、その遅延に応じて細胞周期全体の進行を停止する人工回路を合成し、一倍体特有の染色体不安定性を克服することを目指した。中心体複製のマスター制御因子Plk4の活性状態に応じてTEVプロテアーゼ活性をスイッチ制御できる人工遺伝子回路の構成を試みた。当初計画に沿って作製したPlk4下流遺伝子断片を分断型TEV遺伝子に融合した人工遺伝子は、細胞導入時に内在性のPlk4下流制御経路と干渉し、著しい中心体複製障害を引き起こした。このため、使用遺伝子断片のドメインやサイズを検討、最適化し、毒性の低い人工遺伝子の作製に成功した。今後はこの人工遺伝子を用いて、中心体進行に応じたTEV活性変化をモニターし、中心体複製センサーとしての機能評価をおこない、当初予定の人工回路の開発を進める。 また、相補的アプローチとして、ヒト一倍体細胞で中心体の必要性そのものをバイパスする遺伝的改変を試みた。中心体非依存的な分裂期紡錘体形成を促進する遺伝的背景(TRIM37遺伝子欠損)をヒト一倍体、二倍体HAP1細胞で再現したところ、二倍体では中心体依存性が大幅にバイパスされたのに対し、一倍体では中心体依存性が解消しなかった。そこで一倍体で中心体非依存的紡錘体形成を脆弱化させる要因を探索した結果、Cep192遺伝子量の不足がその原因であることを特定した。TRIM37欠損下でのCep192強発現により一倍体の中心体依存性は大幅にバイパスされ、一倍体の染色体安定性を1か月以上の連続培養下で保持可能になった。以上の解析から、一倍体不安定性の原理の一端を分子レベルで明らかにし、その克服による安定一倍体株の樹立に成功した。
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