研究課題/領域番号 |
21K19245
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
水波 誠 北海道大学, 理学研究院, 教授 (30174030)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2023-03-31
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キーワード | 予測誤差学習 / 社会学習 / 昆虫 / コオロギ / オクトパミン |
研究実績の概要 |
他個体の行動の観察し知識を獲得する「社会学習」は、動物界に広く見られる学習現象である。しかしそのニューロン機構はほとんど分かっていない。本研究では、脳の構成が単純で実験的な解析が容易なフタホシコオロギを用い、社会学習が「予測誤差仮説」と呼ばれる仮説で説明できるかの検証に挑戦する。「予測誤差仮説」は哺乳類のオペラント条件付けや古典的条件付けで広く受け入れられている学習理論であり、最近研究代表者はコオロギの古典的条件付けがこの仮説で説明できることを見出した。この仮説が社会学習にも適用できるかはどの動物でも分かっていない。 研究代表者はコオロギが水場で他個体が水を飲むのを観察すると、水場の匂いを水と連合させて覚える嗜好性学習が起こることを見出している。そこで本年度は、この学習がどのような仕組みで起こるかを解析した。その結果、この社会学習が2次条件付け、すなわち水(無条件刺激、US)と他個体(条件刺激、CS1)の連合、および他個体(CS1)と水(条件刺激、CS2)の連合の2つの連合が形成されることで起こることが分かった。さらに薬理学的な解析により、この社会学習においてオクトパミンニューロンが報酬の情報を担うこと、すなわち水場の他個体の観察により水の報酬情報を担うオクトパミンニューロンが活性化され、それにより匂いと水の連合学習が起こることが示唆された。これは哺乳類の社会学習におけるミラーニューロンの役割に類似している。一方、これらの結果は、報酬性の社会学習に予測誤差理論が適用できるとの当初の仮説とは必ずしも合致していない。 さらに最初期遺伝子の発現を指標とした社会学習中のオクトパミンニューロンの活動解析のための実験系の確立を目指した実験を進めたが、技術的な困難に直面し、現時点では実験系の確立に目処が経つには至っていない。実験系の改良を粘り強く進めていきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和3年度の研究により、社会学習が2次条件付けで起こること、また他個体を観察すると報酬情報を担うオクトパミンニューロンが活性化され、その働きにより社会学習が起こることが示唆された。これらの結果は、報酬性の社会学習が報酬予測誤差により起こるとの当初の仮説とは必ずしも合致しないが、非常に重要な研究成果である。 一方、当初予定していた社会学習中のオクトパミンニューロンの活動解析は、実験系の整備を進めている段階で、当初計画を実行するには至っていない。しかし他の研究項目では当初の計画を上回る成果が出ていることを考慮すると、全体としてはおおむね順調に進展していると評価できる。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画では社会学習中のオクトパミンニューロンの活動解析を予定していたが、技術的な困難があり、現時点では、目処が経つには至っていない。実験系の見直しをおこない、粘り強く研究を進めていきたい。 令和3年度の研究により、報酬性の社会学習において報酬に関する情報を運ぶオクトパミンニューロンが哺乳類のミラーニューロン様の活動をすることが示唆された。この発見は、罰性の社会学習においては罰に関する情報を運ぶドーパミンニューロンが同様な役割を果たすのか、という疑問を直ちに提示する。これは本研究において優先的に解決すべき重要な課題と考えられる。 今後は、水場に死体があった場合に起こる水場の匂いの忌避性の社会学習のメカニズムの解明、殊に罰性の社会学習において罰情報を運ぶドーパミンニューロンが果たす役割の解明、さらには罰性の社会学習が罰予測誤差に基づいて起こる可能性の検証に、研究の焦点を当てていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症流行の研究活動への影響もあり、一部の研究項目、特に社会学習中のオクトパミンニューロンの活動を調べる研究に遅れが生じ、そのための経費の一部を次年度に持ち越した。次年度は、集中的な取り組みにより、それらを含めた当初の研究計画を完遂させたい。
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