葉緑体ATP合成酵素は、プロトン駆動力を用いてADPからATPを合成する。Foリングはプロトンの移動により回転し、リングが1回転すると3分子のATPを合成する。1回転に必要なプロトンの数は、リングを構成するcサブユニットの数で決まり、葉緑体の場合は14である。バクテリアのATP合成酵素では、リングを構成するcサブユニットの数を変更する変異が特定されている。本研究では、葉緑体の形質転換を用いて、この変異をタバコの葉緑体ATP合成酵素に導入した。リングサイズを13に変更しようとした植物はアルビノになったが、15に変更した植物は正常に光合成により生育した。実際、リングのサイズが上昇したことを確認した。形質転換体では、ATP合成酵素の蓄積量が野生株の25%まで減少したが、電子伝達は影響を受けなかった。一方、大きなリングを回すことから、チラコイド膜を介したプロトン排出速度(Foリングの回転速度)は上昇した。このことは、主にプロトン駆動力の上昇に起因した。プロトン駆動力は、プロトン濃度勾配と膜電位差から成るが、形質転換体で見られたプロトン駆動力の上昇は、膜電位差の上昇によるものであった。大きなFoリングを回すため、植物は、チラコイド膜を介したイオンの移動を制御することで、プロトン駆動力を上昇させることが示唆された。また速いプロトンの移動を実現するには、大きな膜電位を維持するとともに、プロトンの取り込み速度を上昇させる必要がある。形質転換体では、わずかなサイクリック電子伝達の上昇が見られたが、これが生理的に意味のあることかは、形質転換体でサイクリック電子伝達を抑制する必要があり、今後の課題である。
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