研究課題/領域番号 |
21K19277
|
研究機関 | 順天堂大学 |
研究代表者 |
松本 顕 順天堂大学, 医学部, 教授 (40229539)
|
研究分担者 |
伊藤 太一 九州大学, 基幹教育院, 助教 (20769765)
松本 綾子 順天堂大学, 大学院スポーツ健康科学研究科, 特任助教 (20833825)
|
研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
|
キーワード | ショウジョウバエ / 時計遺伝子 / 老化 / エピジェネティクス / 発現制御 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、ショウジョウバエにおいて加齢が進行してから高発現を開始し、明瞭に概日振動を示し始めるlate-life cyclerの発現機序と適応的意義のエピジェネティックなゲノム修飾の観点からの解明である。2年度目の本年はATAC-seqを用いて、クロマチン修飾が時刻および加齢によって変動するゲノム領域を網羅的に同定することをめざした。 前年度の予備実験から、ATAC-seqは12匹の脳で実施可能であることが判明していた。そこで、LD12:12の光条件に同調させた1週齢の若齢オスと10週齢の老齢オスについて、明期開始から、1、7、13、20時間後のタイミングで、それぞれ12匹ずつ解剖して脳をサンプリングした。サンプリングは独立に2系列行った。合計16サンプルについて、平均1億リードの次世代シークエンスを行った。duplicationサンプル間での相関係数はきわめて高く、再現性よく実験が行われたことが示唆された。 まずは、同じ週齢のサンプル群において、時刻毎にクロマチン構造が変化している領域をバイオインフォ解析で探索したが、シークエンス断片のヒット数が有意に増減した領域は数か所しか見つからず、同じ週齢内では、サンプリング時刻が異なっても、クロマチン構造にほとんど変化がない可能性が示唆された。続いて、サンプリング時刻毎に、加齢による変化が見られる領域を探索したところ、増・減ともに約2000領域が同定された。よって、加齢により、オスの脳内のクロマチン構造に明瞭な違いが生じていることが強く示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
脳という比較的均質な組織において、加齢によってクロマチン修飾の変化する領域を網羅的に同定した面では大きな進展があったが、当初の目的であったlate-life cyclerの発現機序については解明に到らなかったため、研究の進展は若干遅れていると判断した。 若齢群では、数はきわめて限定的ではあるが、時刻によるロマチン構造の変化を示す遺伝子が見つかった。この中には、時計遺伝子vriや、時計遺伝子cwoの関連遺伝子hryが含まれており、概日時計とクロマチン構造変化の関係性を考える上で非常に興味深い。しかし、このような領域はむしろ例外でおり、これを単純に解釈すると、時計遺伝子などの概日発現リズムはクロマチン構造の大きな変化を伴わない、という結論が導かれる。つまり、本研究で当初考えていた、加齢によって周期的発現が開始されるlate-life cyclerの発現機序にクロマチン修飾が関与するという作業仮説をサポートする結果は得られなかった。 一方で、時刻毎の若齢群と老齢群の比較からは、加齢によってクロマチン修飾に大きな影響のある約4000のゲノム領域を同定することが出来た。この中には、既存の時計遺伝子やlate-life cyclerも含まれていた。 さらなる精査は必要であるものの、以上を総合すると、周期的な遺伝子発現そのものにはクロマチン構造の変化は必須ではないが、late-life cycler遺伝子群も含めて、加齢による遺伝子発現量の変化には、エピジェネティックな変化が関与していると推測される。すなわち、late-life cyclerの発現機序の解明においては、概日振動の形成メカニズムと、加齢による発現量変化メカニズムの両面からの検討が必要であることが示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
ATAC-seqによる本年度の研究結果を単純に解釈すると、時計遺伝子などの概日発現リズムはクロマチン構造の大きな変化を伴わない、という結論が導かれる。これに代わる新たな仮説は、発現量に概日変動を示す遺伝子群ではRNAポリメラーゼのゲノムへの結合頻度や強度に時刻変動がみられるというものである。この検証には、抗RNAポリメラーゼ抗体を用いたクロマチン免疫沈降の実施が必要になる。現在、予備実験を進めているものの、最終成果はえられておらず、実験条件の精査を必要とする段階である。 一方で、今回のATAC-seqはオスの脳全体をサンプルとしており、脳内での存在数がごく少数である、時計細胞での特異的なクロマチン変化は捉え切れていない可能性が未検討のまま残った。これに関しては、時計細胞特異的に表在抗原を強制発現させて、ターゲット細胞のみを分取して各種解析サンプルとして用いるアイデアを持っているが、そのためにはtransgenic系統が必須となる。予算および研究期間を勘案すると、系統の自作から着手したのでは次年度内に結果を得ることは難しいと考えられるので、既存の系統で目的に合致したものがあるかを検索した上で、入手可能な場合は解析に着手したいと考えている。 2年度はATAC-seqの解析に時間を要し、初年度に同定したlate-life cycler関連転写因子の解析は行えなかった。3年度目には、時期組織特異的な発現制御系統を利用して、それらの因子を強制発現および遺伝子ノックダウンした時の概日リズムおよび寿命に対する影響を解析予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定では、ATAC-seqで同定した遺伝子群に関して、特異的な抗体を作成し、発現領域の組織学的な同定と免疫沈降による関連タンパク質の同定をめざす計画であった。しかし、業務委託したATAC-seqが1回ではうまく行かず、特に老齢群の再サンプリングに長期間を要して結果を得るのが遅くなったこと、その後のバイオインフォ解析の結果、当初予定していた方針では原因遺伝子の特定や解析が困難になったことから、上記の実験は実施できなかった。また、ATAC-seqの結果を得るのが遅くなったために、結果発表も本年度は見送りになった。以上から、期間延長して、それらの予算を繰り越してより精密な成果を得た後に成果発表を行うよう、計画変更した。
|