研究課題/領域番号 |
21K19294
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
市野 隆雄 信州大学, 学術研究院理学系, 教授 (20176291)
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研究分担者 |
陶山 佳久 東北大学, 農学研究科, 教授 (60282315)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | クチナガオオアブラムシ属 / ケアリ属 / 相利共生 / MIG-seq解析 |
研究実績の概要 |
本年度は、まずヤノクチナガオオアブラムシの口吻長が遺伝形質であるかどうかを明らかにするため、6つのコロニーから合計265個体を採取し、MIG-seq法を用いて得られた251SNPsを元にクローン解析を行った。その結果、メスが単為生殖で子を産んでいるにもかかわらず、個体間で遺伝的にほぼ同一な組み合わせ(クローン)を検出することができなかった。この理由について、クチナガオオアブラムシが単為生殖の様式として、クローンの子を産むアポミクシスではなく、減数分裂を行った後に半数体の卵子が融合して二倍体卵子を形成するオートミクシスを行っているのではないかと予想し、確実に親子であると判明しているクチナガオオアブラムシ(合計96サンプル)を用いてMIG-seq法を実施し、得られた約200SNPsを元にクローン解析を行ったところ、親子はクローンであることが判明した。このことから、ヤノクチナガオオアブラムシは確かにアポミクシスを行っていることが明らかになった。 次に、アリが口吻の短いアブラムシを選択的に捕食しているかを明らかにすることを目的として2種のクチナガオオアブラムシについて野外調査を行った。 まず、3つのヤノクチナガオオアブラムシコロニーを用いて、アリに捕食されているアブラムシ成虫と捕食されていないアブラムシ成虫を採取した。その後、各サンプルの口吻長と、体サイズの指標として頭幅、触角長、中後脚のふ節長を測定した。その結果、全体的として口吻の短いアブラムシ個体が口吻の長い個体よりもアリに捕食されやすいことが明らかになった。 次に、7つのクヌギクチナガオオアブラムシのコロニーについて同様の調査を行ったところ、捕食されたアブラムシ個体は捕食されていない個体よりも、全体として口吻が短いことが判明した。また、口吻長が平均して短いアブラムシコロニーほど、アリによる捕食頻度が高かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の目標のうち2つ、すなわち口吻長の遺伝性、アリによる選択的捕食については、研究が順調に進展した。まず、ヤノクチナガオオアブラムシの親子がクローンであることを実験的に確認した。これにより2021年の「コロニー内で同一のクローンが検出されなかった」という結果が、特殊な単為生殖様式(オートミクシス)をとっているためではなく、コロニー内での個体サンプリングの方法が、樹皮上で遠い位置関係にあるアブラムシ個体を選んでサンプリングしたために、クローンが検出されなかったという可能性が高いと考えられた。 次に、アリが口吻の短いクチナガオオアブラムシを選択的に捕食しているかどうかについては、ヤノクチナガオオアブラムシとクヌギクチナガオオアブラムシの2種について、一貫した結果が得られた。 最後に、本年度の目標の第3点であった「クチナガオオアブラムシ属の1系統群において、寄主レース分化が起こっているか」の論文化を行うという点については、すでに国内の20地点において、この系統の624個体を採集し、MIG-seq法を用いて得られた334SNPsの情報は得ているものの、研究員の異動などの理由のため論文化には至らなかった。
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今後の研究の推進方策 |
まず、口吻長の遺伝的基盤の検証をすすめる。2021~2022年度の検証結果から、ヤノクチナガオオアブラムシは、コロニー内に多数のクローンが混在していることが明らかになった。野外の生態観察から、幹上の近い位置にクローン個体が集中分布していることが想定されるため、今後、サンプリング方法を工夫することにより、再調査を行う。すなわち、同じクローンであると予測される近接個体を数十個体採集する(クローン集団)。この「クローン集団」を10数集団採集し、そのサンプルを用いてクローン間とクローン内で、口吻長などの体サイズの分散を比較することにより口吻長の遺伝的基盤の検証をすすめる。 次に、アリが口吻の短いクチナガオオアブラムシを選択的に捕食しているかについては、これまでのヤノクチナガオオアブラムシとクヌギクチナガオオアブラムシのデータから、選択的な捕食はアブラムシコロニー内で起こっているのではなく、コロニー間で起こっていることが示唆された。すなわち、口吻が平均して短いアブラムシコロニーほど、アリによる捕食頻度が高い傾向があった。また、口吻が短いアブラムシは幹が細い寄主木上に多かった。 これについて「幹が細い木に入植したアブラムシは口吻が短くても師管まで口吻が届くので生存でき、初夏~夏に個体数を増やす。しかしアリの捕食活動が活発になる夏には、個体ごとの甘露分泌量が少ないためアリに捕食されやすい」という仮説を立てた。今後はこの仮説を検証する。具体的には、幹の太さの異なる寄主木数本について、6月~7月には口吻長クラス別のアブラムシの生存率を、8月には口吻長クラス別のアブラムシのアリによる捕食頻度を、それぞれ調べる。 最後に、「クチナガオオアブラムシ属の1系統群において、寄主レース分化が起こっているか」について論文化をすすめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の想定に反し、研究協力者である研究員が2022年8月1日をもって別機関へ異動したため、次年度使用額が生じた。2023年度における使用計画としては、「今後の研究推進方策」に記述したとおり、口吻長の遺伝的基盤の検証、アリによる選択的捕食の実態解明、寄主レース分化の論文化をそれぞれ進める。
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