研究課題/領域番号 |
21K19299
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研究機関 | 東京都立大学 |
研究代表者 |
田村 浩一郎 東京都立大学, 理学研究科, 教授 (00254144)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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キーワード | 染色体融合 / ネオ性染色体 / 性染色体不分離 / 自然選択 / 実験進化 / 進化確率 |
研究実績の概要 |
真核生物のゲノムは、通常、複数の染色体に分かれて存在するが、その数は進化過程で変化し、近縁種間や種内で差異が生じる。このような染色体レベルの進化的変化の適応的意義はゲノム進化を理解する上で基本的な問いであるが、まだ明確な答えは出ていない。アカショウジョウバエでは、性染色体と常染色体が融合して巨大なネオ性染色体ができているが、融合後24万年の間に急速に集団中に広がり固定しており、何らかの適応的利点が予想される。そこで本研究では、ネオ性染色体になったことで性染色体不分離の頻度が下がり適応的に有利になったという仮説を設定し、そのような染色体の構造レベルの進化的変化に対する自然選択の影響を検証する。そのため、系統関係を使わずにゲノムDNAの塩基座単位の進化確率を計算する方法を開発してアカショウジョウバエ自然集団のゲノム配列データの解析に適用し、タンパク質コード領域のみならずゲノム全領域にわたって塩基座単位で自然選択の検出を行う。また、アカショウジョウバエとテングショウジョウバエの雑種をもとにネオ性染色体と融合前の常染色体と性染色体を合わせ持つ、祖先集団を模倣した実験集団を構築して継代飼育し、世代とともにネオ性染色体の頻度が高まる方向に変化するかどうかを検証する。 研究開始年度である2021年度は、(1)進化確率法を系統樹を使わなくても計算ができるように改良し、またこれまでアミノ酸配列解析用であったものをDNA塩基配列の解析もできるようにし、その有効性をヒトの遺伝病のテストデータを用いて確認した。また、アカショウジョウバエとテングショウジョウバエのケージ集団を用いた進化実験を開始し、配列データ解析用に用いる長鎖ゲノム配列解析のための準備を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、(1) 研究代表者らが開発した、近縁種の配列データから対象種に期待される配列を中立進化モデルで最尤推定して実際に観察される対象種の配列と比較することにより、中立進化からの有意性を検出する「進化確率法」を用いるが、種内系統間、近縁種間の配列データに関しては特定の系統関係をゲノム全体に仮定することは適切ではない。そこで、進化確率法を配列間距離の分散・共分散行列を用いることによって系統樹を必要としない方法に改良する。本年度は、これまでの研究で完成していたアミノ酸配列を用いる改良法をDNA塩基配列を用いる方法に応用し、ヒトの遺伝病に関わる変異配列データセットを用いてタンパク質コード領域以外の塩基座における解析性能を検証したところ、高精度で遺伝病に関連する変異を検出することに成功した。(2)ネオ性染色体を持つアカショウジョウバエと、姉妹種で交配可能なネオ性染色体を持たないテングショウジョウバエの間で雑種を作製し、独立の10のケージ集団として継代飼育し、ネオ性染色体の頻度を調べる。ネオ性染色体が適応的に有利ならば、テングショウジョウバエの第3染色体と組換えによって遺伝子は交換しつつ集団中に固定するはずである。本年度は、アカショウジョウバエとテングショウジョウバエを交配し、10ケージ集団を構築する予定であったが、そのために必要な量のハエの準備に手間取り、年度末にやっとケージ集団の構築に成功した。
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今後の研究の推進方策 |
系統樹の代わりに配列間距離の分散・共分散行列を用いる、改良型の進化確率法の開発が本研究の目標の一つであるが、今年度中にDNA塩基配列に関しても有効であることが確認できたので、今後はアカショウジョウバエとテングショウジョウバエのゲノム規模のデータへの応用を目指してソフトウェアシステムの構築を行う。また、必要なショウジョウバエ2種のゲノム配列は、すでに決定済みのもの、データベースにあるものを集めて解析の準備を行うとともに、必要に応じて新たな系統の配列を決定する。ケージ集団を用いた進化実験に関しては、継代を続けつつ、20世代ごとにIllumina NovaSeq 6000を用いたPool-seqを行い、集団内の対立遺伝子頻度を網羅的に調べる。そのために必要な実験集団の構築に用いたアカショウジョウバエ2系統とテングショウジョウバエ2系統については、Nanopore MinIONシーケンサーを用いて長鎖のゲノム塩基配列決定を行う。そして、得られたコンティグについては、両端の遺伝子をプローブにして唾腺染色体に対するin situハイブリダイゼーションを行い、染色体上の位置を決定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
ショウジョウバエ飼育上の遅延によって、当初の研究計画にあった次世代シーケンサーによる配列解析を遂行することができず、そのための消耗品や専門業者委託の経費を使用することができなかった。次世代シーケンサーによる配列解析は翌年度に行い、繰越し分はそのために使用する。
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